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バックヤードで店長から話を聞いた敬輔はいつものようにボーっとしていて、すぐに返事はしなかった。本社の指示書から顔を上げて敬輔を見ると、珍しく笑っていなかったから、店長がなにを言ったのか理解はできたはずだ。
笑顔を取り戻した敬輔は「うん」とうなずいた。
「おいおい敬輔。今ちゃんと考えてうなずいたのか?」
「うん。大丈夫」
敬輔が敬語が使えないのは出会ったときから変わらない。何度か注意したのだが、その返事も「うん。分かった」だったから、早い段階であきらめていた。こういう人物でもいいと本店から了解は得ている。
敬輔が快諾してくれることは嬉しいことなのだが、そこにちゃんと敬輔の意志があるのか店長は心配だった。二人は十年の付き合いになるが、それでも敬輔の気持ちを汲み取ることは難しい。
「俺から話を持ちかけといてなんだが、家に帰ったらもう一度ゆっくり考えてみろよ。東京で働くってことは、向こうで一人暮らしするってことなんだからな。引っ越しもしないといけない。急いで決めなくていいんだから、お母さんにも相談してみな」
「うん。そうする」
「そうか……最初は大変かもしれないが、お前にとっていい経験になるはずだ。本店で働くこともだが、東京で暮らすこともな」
真剣に話していても、敬輔がどう受け止めているのかやはり分からない。話した内容を全く理解していないこともある。だから、一度にいろいろ話すよりも、様子を見ながらゆっくりと話すべきだ。
店長は敬輔の肩をポンポンと叩き、厨房に戻った。
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