赤いシーグラス

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 敬輔(けいすけ)は港町のデパートの三階にあるレストランで働いている。  高校を卒業して事務職に就いたのだが、三日で辞めてしまった。  パソコンを使うのが主な仕事だったのだが、敬輔はうまく操作することができなかった。ボーっとしてキーボードを叩くことなく、なにも面白いことなど起こっていないのにヘラヘラ笑っていた。上司にひどく怒鳴られた敬輔は次の日、毛布にくるまって動かなかったのだ。  それから敬輔は二年近く家にこもっていた。シングルマザーで育ててきた母は、どうにか一人息子が自立して欲しいと願って、レストランで働くことを勧めた。  今年で敬輔は三十歳になる。だからレストランのオープンスタッフに応募したのは、もう十年も前の話だ。  車の免許も持っていない敬輔が通うにはあまりにも遠い場所だけれど、母の知り合いが店長をするということだった。態度が大きく、怖がられることが多い人だったが、根が優しいことを知っていたので安心したのだ。  息子が自立してくれるのならと、一人暮らしの家賃は母が払うことになった。  店長が敬輔と初めて対面したとき、笑っているばかりで、まともな会話にならなかった。これは大変だと思ったが、働かせてみると意外にいい結果になった。  料理はひとつも覚えられなかったが、皿洗いはていねいで、誰よりも掃除をきちんとした。いつも笑っているのは、この仕事なら長所ではあっても短所にはならない。  十年経ってようやく簡単な仕込みを覚えて、接客と料理以外は一通りできるようになった。  そんなときに本社から全国の店舗に指示のメールがあった。スタンバイスタッフが不足しているため、開店準備ができるなら誰でもいいからよこして欲しいという内容だった。  店長は敬輔を異動させようと思った。敬輔は掃除や仕込みなら誰よりも真面目に仕事をする。給料も上がるし、敬輔の自信につながるのではないかと考えた。
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