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七都が訊ねると、彼女は、くすっと笑った。
あのデザイナー風の美青年さん、私を怖がってたの?
七都は、意外に思う。
でも、私も彼が怖かったのに。
だって、こっちで魔神族に会うなんて、思ってもみなかったし。
私の態度は、確かに尖っていたかもしれない。彼をおののかせるくらいに、そっけなかったかもしれないけど。
だけど、だからって、彼に怖がられる理由って何なわけ?
やっぱり、エレベーターの中の温度を下げたのがいけなかったのだろうか。無意識とはいえ。
「この際、毎日、同じ時間に開くようにしておきましょうか。きっとあなたは、頻繁にこちらと向こうを行き来するようになるはずですから」
彼女が言った。
「で、出来るんですかっ!」
「もちろん。でも、そのうちあなたは、ご自分が開けたいときにこのドアを開けて、向こう側に行くようになるでしょうけどね」
「ほんとに、そういうことが出来るようになるんでしょうか。私、向こうでは魔力なんてあまり使えなくて……」
「最初からうまく使おうなんて、無理な話です。徐々に慣れてきますよ。とはいえ、私も向こうでは魔力は使ったことはありませんから、あまり偉そうなことは言えませんけどね。第一、向こうに行くことも、めったにありませんでした。私はほとんど、こちらの世界で過ごしましたから」
彼女は、左の手のひらに乗せた金色のペンダントを見つめながら、ドアに置いた右手をゆっくりと開いて、力を入れた。
彼女の皺で覆われた細い指には、銀色の指輪が二つ、嵌められている。それはおそらく、魔神族が作ったに違いない、美しい細工の指輪だった。
「あなたたちは、こちらにいる魔神族のパトロールとか警察みたいな存在だって、うちの父が言ってましたけど」
「そうですね。そんな感じでしょうかね」
「そういう、扉の調節みたいなこともするんですか?」
「これは雑用の一つですね。一般的には、扉を作った方や、その持ち主がご自分でされるのですが、依頼されれば私たちも致します」
「じゃあ、扉がおかしくなったら、あなた方に頼んだら、直しに来ていただけるんですね? 私は、自分では出来ません」
「もちろんです」
「でも、私がおっかないって思われているのだったら、他の人たちは、来てくれないかな……」
「来ざるを得ないでしょう。あなたが命令すれば」
彼女が微笑んだ。
「一度コーヒーでも誘ってみられたらいかがですか? 多少はなごむかもしれませんよ。私も昔、あなたが生まれる前、この家にコーヒーをご馳走になりに来たことがありますし」
「……私の母をご存知なんですか?」
「ええ」
扉に手を置いたまま、彼女が頷く。
「やっぱり、その、髪は緑がかった黒で、すごく長くて、目はワインレッド……?」
「今の時代ならともかく、十数年前は、その姿では怪しすぎますよ。普通に黒い目と黒い髪。あなたと同じです」
「そ、そうですか……」
こっちであの髪にあの目のままだったら、確かに、相当動きにくい。買い物にだって行けやしない。
それなりに変身していたんだ。
ナチグロ=ロビンが猫になってるように、お母さんは黒目黒髪の、多分ごく普通っぽい女性に。
「母がどこに行ったかなんて、あなたは知りませんよね?」
七都は、念のために訊いてみる。もしかしたら、この人なら知っているかも……という淡い期待を抱いて。
「それは、私の記録の中にはありませんね。私が知っているのは、こちらでのことばかりなので」
「そうですか……」
七都は、うなだれる。
そうだよね。当たり前だ。
「やっぱり、向こうへ行って、自分で探すしかないってことですね」
「向こうへいけば、情報は得られますよ。こちらにいるよりはね」
彼女が言った。
「では、風の城のことは、ご存知ですか?」
七都は、彼女に訊ねる。
「風の魔王の居城。風の領域、つまり、風の都の中にあります」
彼女は、心持ち眉を寄せた。
「あなたにこんなことを申し上げるのは何ですが、魔貴族の間では、風の都は、あまり評判はよくありません」
「評判がよくないって……それはどういう……」
「風の都は閉ざされています。ここ数百年、風の魔神族を見かけることもほとんどなく、他の一族で中に入った者もいない。幽霊たちの住む都市だと言うものもいます」
「幽霊都市……」
「でも、魔貴族なんて、噂が服を着て歩いているような人たちですからね。暇すぎて、他の王族とか貴族の噂や、ゴシップやらスキャンダルやらを掘り起こすのが娯楽みたいなものです。彼らの噂など、気になさらないように。ただ、噂としてそういうものがあるというのは、覚えておいてくださいね」
風の都は、閉ざされている――。
では、向こう側の世界に行っても、風の都にたどり着くことなんて出来るのだろうか。
七都は、不安を抱く。
だけど……そう、ロビンがいる。
彼はもちろん、案内をしてくれるはず。いつも彼が行き来しているのが、風の城であるならば。
たとえそれが風の城ではなくとも、七都をきちんと、どこか意味のある重要な場所に連れて行ってくれるはずだ。
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