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「さ、出来ましたよ。これで毎日、二時から二時三十分までの間に扉は開きます。少し前とは時刻がずれましたが、そのほうがわかりやすいでしょ」
「ありがとうございます!! なんてお礼を言っていいか……」
七都は彼女に駆け寄り、手を取る。
彼女の手は冷えていた。
七都は思わず彼女の手をあたためようと、自分の両手で彼女の手を覆った。
「もうすぐ二時ですね。向こう側にさっそく行けますよ。行かれますか?」
彼女の質問に、七都は目を伏せる。
「行きたいんですけど……。そのために服も用意しました。向こうでの体のサイズに合わせて。でも、不安なんです」
「不安?」
「夢を見たんです、さっき。とても嫌な夢。あの状況になるのは耐えられない……」
彼女は微笑んだ。
「私はあなたの五倍くらいは生きてきましたけど。それで言えるのは、夢なんか当てにならないってことですよ」
「え?」
「確かに、空間に刻まれた過去の残像を捉えて、それを夢に見る魔神族は多くいます。でも、それは予知夢じゃありません。過去に起こったことです。あるいは現在起こっていることも、映像として夢の中に現れることがあります。でも、未来を映した夢を見る力を持つ魔神族はほとんどいないでしょう。誰にも未来はわからないのです。だから、みんな苦しんでいるんですよ」
「じゃあ、私が見た夢は、未来じゃなくて過去の残像?」
「その可能性は高いですね。たとえあなたの夢が未来に起こる出来事だとしても、未来は変えられると私は思います。その夢のとおりにならぬよう、現在を紡いで過去を織って行ってください」
「その夢のとおりにならないようにしていたのに、結局その夢のとおりになってしまったら……」
「もしその嫌な夢が、避けようもなく現在の状況になってしまったとき……。その時は最後まであきらめないで、変える努力はとことんすべきですね。あきらめたらそこで終わりです。変えられるように魔力を磨いてください。あなたなら出来ますよ。健闘を祈ります」
最後まで望みは捨ててはならぬ。それは、メーベルルが言った言葉。
七都は思い出す。
そうだね。忘れてた。メーベルル、ごめんなさい。
あきらめない。そうだった。
何があっても、あきらめない。望みを捨てない。
そして、私は、そういう場面が来てしまっても、うまく対処できるようにしておかなければならない。
向こうの世界に行って、いろんな人に会って、情報を仕入れて、魔力をもっと使えるよう、いっぱい練習をして……。
もしかしたら、あの夢のこともわかるかもしれない。あれが過去の残像ならば、かつてどこかで、確かに起こったことなのだ。知っている人が、きっといるに違いない。
それに考えてみれば、エヴァンレットの剣は私には反応しないし、私はあの剣を破壊する力を持っているのだもの。
だから、輝く光の剣を胸に刺されていたあの少女は、私じゃない。
私だったら、剣で刺される前に剣を粉々にして、ああいう状況にはならない。
もしあの少女がお母さんなら……絶対、助ける。
あの剣を破壊して、救ってみせる。
ナイジェルは、魔神族は死ぬと体は溶けてしまうと言った。でも、あの少女はまだそのまま体を保っている。まだ生きているのだ。
助けられる、きっと。
「わかりました。私、迷いません、もう。向こう側へ行ってみます」
七都が言うと、彼女はにっこりと笑う。
「あの、またあなたに会えますか? いつかコーヒーをご馳走させて下さい。私はまだ、コーヒーを上手く入れられませんが、ちゃんと入れられるようになっておきます」
彼女はふっと、寂しそうな表情をした。
「あなたにはもう、お会いすることはないでしょう」
彼女が言う。
「え? 何でですかっ?」
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