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第4章 魔神の血
ナチグロ=ロビンは、空に向かって突き出された広いテラスに降り立った。
長く伸びた天使の翼がたちまち縮んで、背中にしまい込まれる。
彼は慣れた様子でテラスを横切り、透明な壁と白い壁の組み合わせで造り上げられたその美しい建物の内部に入っていった。
軽やかな笑い声が、廊下の隅から聞こえる。
あでやかなドレスをまとい、髪を宝石や花で飾った女性たちの集団が、廊下の一角で固まって笑いさざめいていた。
「あら、お帰りなさいませ」
彼女たちはナチグロ=ロビンに微笑みかけ、丁寧にお辞儀をする。
ナチグロ=ロビンは彼女たちを一瞥し、さらに奥に向かった。
彼が扉の前に立つ度に、扉はひとりでに開いて行く。
たくさんの透明な扉や複雑な彫刻が施された扉を開け、ナチグロ=ロビンは、目的の部屋に到着した。
「ただいま戻りました」
彼は、ひざまずいて頭を垂れる。
「お帰り、ロビーディアングールズリリズベットティエルアンクピエレル」
その部屋の奥――。
大きく開かれた窓のそばに置かれた長椅子にゆったりと体を横たえた人物が、言った。
窓の向こうには、ラベンダー色の空が、どこまでも広がっている。
「ナナトは?」
彼は、ナチグロ=ロビンを振り返る。
美しい若者だった。
その目は、この世界での七都の目と同じ、透明なワインレッド。
椅子から床にかけて流れるように落ちる長い髪は、銀色を帯びたチャコールグレーだった。
足元まであるドレープの入った白い服に、銀の糸で刺繍が施された薄い草色の肩衣をかけている。
額には金色の輪。耳と胸にも金の飾りが付けられ、全部の手の指に、宝石が輝く銀の指輪がはめられている。
「別れました。あの扉を出たところで」
ナチグロ=ロビンが、ひざまずいたまま答える。
「置き去りにしてきたってことかい? おやおや。それはまた大胆なことをしたね」
若者は、微笑んだ。
「それは、君の立場を不利にするんじゃないかな?」
「不利になるかもしれないけど。七都さんにそういうことが出来る立場じゃないってことも、よくわかってるけど。でも、ぼくは確かめたかったんだ」
ナチグロ=ロビンが立ち上がって、言った。
「確かめる?」
「七都さんが、本当にひとりでここに来られるかどうか。ここに来る資格があるかどうか」
「そうか。でもまあ、私もそれは知りたいところではあるが」
若者が呟く。
「七都さんが育った世界は、こことは全然違う。なのに、ここでちゃんとやっていけるのかどうか、とても疑問だよ。七都さんは魔力も使えないし、剣も使えないし、この世界の常識だって、魔神族のことだって知らない。一体どうやってここで暮らしていけるんだよ」
「それは余計な心配かもしれないよ。彼女は彼女なりに、何とか立派にやって行くだろう。育ったのが別の世界でも、彼女は間違いなく魔神族なのだからね」
「そう願うよ」
ナチグロ=ロビンは若者のすぐそばまで歩き、床に座り込んだ。
「でもね、もし彼女が無事にここに辿り着いたら、君は彼女のそばにいてあげなさい」
若者が言った。
ナチグロ=ロビンは、若者の、七都そっくりの目を見上げる。
「だけど。ぼくはあなたのそばにいたいんだ。今までそうしてきたように。これからも、ずっと」
「君はもう十分、私に尽くしてくれたよ。私にしてくれたのと同じように、彼女にも尽くしてあげるといい」
「あなたのそばにいてはだめなんですか?」
ナチグロ=ロビンは、思いつめたような表情をして、彼に訊ねる。
「今、ナナトには誰もいないからね。彼女の力になってあげなさい」
「あなたにも、誰もいないよ」
「私は、ひとりで大丈夫。積み重ねた経験がある。ナナトよりも君よりも、はるかに長い時間を生きてきた。私よりも長生きしているのは、魔王の中では、ハーセルくらいじゃないかな」
ナチグロ=ロビンは、若者の膝に寄りかかった。
若者は指輪をはめた手を伸ばして、ナチグロ=ロビンの髪を撫でる。
「もし七都さんがここまで来れなくて、途中で死んじゃうようなことがあったら?」
ナチグロ=ロビンが、彼に訊ねた。
「その時は……。そうだね。仕方がない。もう一人ミウゼリルを作るかな」
「それは大ごとだよ。あなたは、あんな思いをしたのに……」
「そう。大ごとだ。だから、ナナトにはどうしてもここに来てもらわなくてはね。この、風の城に……」
若者はナチグロ=ロビンを撫でながら、窓の外のラベンダー色の空を眺めた。
その窓の下には、さまざまな花が咲き乱れる庭園があり、さらにその下には雲が漂い、ゆっくりと形を変えながら動いていく。
風の城は、空中に浮かんでいた。雲で出来た絨毯をその下に敷いて。
そして、雲の絨毯の下には、ガラス細工のような白い都が広がっていた。
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