第4章 魔神の血

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 セレウスは、七都が枯らして床に散らかしたカトゥースの残骸を片付け始める。 「セレウス。いい加減に機嫌直してよ」  七都は、思いきって彼に話しかけてみた。 「機嫌は、悪くはありませんよ」  セレウスが、俯いたまま答えた。 「じゃあ、ちゃんと話して」 「何をですか?」  セレウスが、ちらりと七都を見る。  顔がこわばっていた。 「何をって……。普通の雑談とか……」  ああ。まずいなあ。話が続かない……。  何も考えずに彼に話しかけてしまったことを七都は後悔する。  セレウスは、再び顔を伏せた。 「私はあなたに、たいへん失礼なことをしてしまいましたから」  やっぱり、それでへこんでるんだ。  七都は、ため息をつく。 「気にしてないよ。私のことを心配してくれたからでしょう」 「ですが……」 「ゼフィーアに怒られたの? 図星みたいね。彼女、怖いものね」  七都が微笑むと、セレウスはますます俯いた。  変にデリケートなんだから。  大体何で私のほうが気を使って、セレウスの機嫌を取らなきゃなんないんだか。  普通こういう場合、逆でしょうが。 「あなたが暗いと、私まで気分が沈んじゃうから。ね」 「……では、出来るだけ早く浮上するように、努力はしましょう」  七都は、セレウスを睨む。  そんなにのんびりと浮上しようなんて思わないでほしいよね。  今すぐこの空気を何とかしてよ、って感じなんだから。 「私にしたことを後悔してて、それで思い悩んでいるのなら、じゃあ、ちゃんと私に謝って。そしたら、すっきりするでしょう。別に努力しなくても、浮上出来ると思うけど?」  セレウスは、七都を見つめた。  あ。やっと、視線を合わせてくれた。 「そうですね。私は、あなたにまだ謝っておりませんでした」  セレウスは、七都の前にひざまずく。 「ナナトさま、申し訳ありませんでした。お許しを」 「もちろん、許します」  七都は、気品に溢れる微笑を口元にたたえたが、頭の隅で、ちらっと思い出す。  ナチグロ=ロビンも、同じようなセリフを言ったよね。  私が子供の頃ヒゲをむしったことを謝ったとき、えらそうに。  私のセリフも、高飛車になっちゃったかな。 「ユードの具合は?」  七都は、話題を変える。 「大したことないようですよ。カディナがさっき、薬を取りに来ましたが」 「私も彼に謝らなくちゃ。それから、私からセージを守ってくれたお礼も言わなくちゃいけない」 「彼にお詫びと感謝の言葉を? 考えられません」  セレウスが、驚いたように呟く。 「魔神族としてはね。でも、人間としては当然でしょ。ユードはやっぱり、基本的にはとてもいい人だと思うよ」 「魔神狩人は敵ですよ。敵にそんな感情をお持ちになるなんて」 「そうだね。いつか彼に殺されるかもしれない。このあたりにエヴァンレットの剣を突き立てられてね」  七都は、胸に手を置いた。  そして、あの夢の中の少女を思い出す。  やっぱりあの少女は自分で、もしかするとあの剣は、ユードとは限らないけれども、魔神狩人の剣だったりするのかもしれない。  ふと考えてしまったことだが、完全に否定出来ないのが恐ろしい。 「彼からエディシルを抜き取って、魔神狩人など出来ぬようにしてやればよろしいのですよ。そうすれば、そんな心配などなさらなくてもよろしいのですから」  セレウスが言った。 「そんなこと、出来るの?」 「魔神族に一度に大量にエディシルを食べられた人間は、髪が白くなり、肌にも皺が寄って、老化してしまいます。エヴァンレットの剣など握れぬくらいの老人にしてやればよいのです」  七都は、セレウスを眺めた。 「やっとあなたらしくなった。言ってることは、相変わらず怖いけど」  セレウスは、数回、目をしばたたかせる。  それから、穏やかな緑色の瞳で七都を見下ろした。 「ナナトさま。カトゥースは、まだまだご入用ですか?」 「うん。もう少しお願いしてもいいかしら?」 「かしこまりました」  セレウスは、七都の部屋から出て行った。  その足取りは、確かに先程よりは軽くなったような気が、七都にはしたのだった。
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