第4話「ルナ」

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第4話「ルナ」

第4話「ルナ」 数分程歩き、村の端側にあった農場を通り過ぎた先の森のすぐ手前の場所に二階建ての家がポツンと建っていた。入口までの短い石畳の道の前に「アフェクト医院」と書かれた看板が立てられており、その道のすぐ横に花壇があり、色とりどりの花が咲いている。入口のドアには『休診日』と書かれた板が掛けられていた。 「ここが私達の家よ」 そう言うとメグさんは鍵を取り出し、扉の鍵を開け家の中に入る。ユースとリーズちゃんがそれに続くようにして家の中に入っていく。私は「お邪魔します」と言いながら家の中に入り、玄関で靴を脱ぎ揃える。メグさんに家の風呂場やトイレなどの場所を教えてもらった後、二階のリビングらしき部屋に案内された。大きな窓があり、そこから先程通った農場が見える。その窓の前に長方形のテーブルと対称に二つずつ椅子が置かれている。テーブルの上には、天井から吊り下げられた大きなガラスのボトルの中に何やら白色に光り輝くキューブ状の物が入れられていた。思い返したらこの家まで向かっていた時、道の端に自分の身長よりも3倍以上長い鉄の棒が立てられその一番上の先端部分にもこのような光り輝くキューブ状の物が入れられた正八面体のガラスの箱が付けられていたような気がするが、その時はあまりの辱めに遭っていたせいでそこまで記憶に残っていない。どうやらリビングの窓の対称側にキッチンもあるようだ。 「さてと、今から夜ご飯作るからちょっと待っててね」 そう言うとメグさんはいつの間にか着ていたエプロン姿でキッチンに向かい、料理の下準備をし始める。私も何か手伝える事はないかと聞こうとしたが、「私は大丈夫よ、それよりそこの二人と話でもしながら待ってて」と言われたので、そうする事にした。とはいえ、私は記憶が無い為今私がいる世界から自分自身の名前まですら何も分からない状態。どうやっても聞き手になるほかなかったので、流れから私が目覚めた世界についてと、ユースとリーズちゃんの事を絡めて話してもらえることになった。 「今ここに居る僕の生まれ育った村……『バード村』は『リスラル大陸』の一番栄えている中心国の『フォス国』の郊外にあるんだ。地図でいうとこの辺りに……あっ、ここ」 先程ユースが近くの本棚から取ってきた『リスラル大陸』という題名の、本の中の地図の右上の森林地帯の中心辺りにバード村と書いてある所をユースが指差した。続けて、その少し左下に他の字より少し大きめに書かれた「アステール都」を指差す。 「で、僕は今18歳で……3年前に僕はずっと夢見てたフォス国の都市のアステール都に本部がある『リスラル連合国立魔導組織』っていう通称『魔導ギルド』の入会試験に合格して、「魔導士」という称号を貰ってその組織に入ったんだ」 「それからはお兄ちゃん、2年半ちょっと前位にファイアドラゴンがアステール都に襲撃してきた時にドラゴンの致命傷級のブレスに襲われそうになった人を庇って攻撃を食らったけど5日で完治したって新聞にも載ってから凄い勢いで出世したよね」 「ま、まぁ……人一倍身体の回復魔力が強かったから……かな?」 ユースが少し照れたかのように謙遜した感じでそう言うとリーズちゃんが続けて話しはじめる。 「お兄ちゃん凄いんだよ。それからはね、『翠』の団長に目を付けられて弟子の一人になって色んな事を教えてもらったんだよね、お兄ちゃん」 「あぁ、ヒルミ団長か…… あの人には感謝してもしきれないや」 「……『翠』の団長?」 「あぁ、ごめんごめん。そもそも魔導ギルドは五つの国の連合同盟国によって構成されたもので、フォス国は本部、それ以外は支部が設置されてるんだ。それら一つ一つに「団長」という名のリーダーが存在していて、必ず別々の魔法の属性を持った団長達が国毎に一人ずつ配属してなければいけないんだ……あっ、魔法の属性というのは「紅」「蒼」「翠」「光」「闇」「他」の6属性があって、「他」はその属性を所持している者がそこまで多くないから団長はいないんだ。もちろん僕は「翠」属性。リーズも母さんも属性は同じだし「回復魔法」が得意だって事も同じだよ」 「へぇ……」 少しばかり長々しいが、かなり重要な情報を得れた。 「で、魔導ギルドにはそれぞれランクという物があって、上から数えてSランク、Aランク、Bランク、Cランクがあるんだ。目安としてはCランクは大抵は入りたての新人魔導士が多く、BランクはAランクには劣るけど実力がある魔導士が多い。AランクはSランクを除いたら一番実力者が多いランク。そしてSランクは「団長」しかなれなくて、基本的に5人しか存在しないんだ」 「最近Aランクになったんだったっけ?」 「大体3ヶ月前にね……んっ?どうしたの?」 「えっ?…… いや、アステール都の説明欄の下に大きく『AGS戦争』って書いてあるのが気になって……」 話を聞きながら、しかしさっきから気になっていたその単語を言った瞬間、二人の顔色が少し悪くなってしまった。二人は視線を下に下げる。悲しそうな、しかし何かしら憤りの感情があるような感じがする。 数秒間、料理の音だけが部屋中に響いた。 「……あっ……もしかして、聞いちゃ」 「ちょうど12年前」 突然、ユースが口を開き話し始める。 本のページがペラペラと捲られ、『AGS戦争』と見出しが書かれたページが開かれる。 「……魔族の大帝国『カース国』が、突然アステール都とその周辺を奇襲攻撃してそれがフォス国を中心とした連合国同盟との戦争に発展した「アステール・グランデ・ソルプレッサ戦争」の事だよ。この激しい戦争は半年間続いて、どっちの陣営にも大きな被害が出たんだ。連合同盟国側は「翠」の団長と「闇」の団長が戦死してしまって、カース国側は最高幹部の一人と幹部の一人が戦死したんだ。ここに書いてある通り、総死者数は150万人。その内85万人が連合同盟国側の死者数なんだ。ただ連合同盟国が少しばかりか優勢で、その半年後、連合同盟国とカース国の合意に置いて連合国側に優遇がある停戦協定が結ばれたんだ」 「私達の村も攻撃されて、村は殆ど壊されちゃったんだよね……私が生まれたのは10年前だから、直接見たわけじゃないけど……」 「……物は壊れてもまた直せるけど、 死んだ人は帰ってこない……」 次の瞬間、ユースの口から驚くべき言葉が発された。 それは、あまりにも哀しく、そして彼らにとっては口にする事さえ辛かっただろう言葉だった。 「……僕とリーズの父さんは、 この戦争で戦死したんだ……」 「……!!」 私はどう言葉を返せば良いのか分からなかった。 気になってたとはいえ、その戦争について安易に聞かなければよかったと後悔する。 「……ごめん…… こんな事聞かなければよかったよね……」 「……いや、大丈夫だよ。 この戦争位知ってないといけなかったしいつかは話すつもりだったから」 ユースはそう気にしてないかのように言うが、 リーズちゃんは下を向いたまま気持ちが落ち込んでいた。 「あ……そういえばカース国の事まだ教えてなかったっけ」 「えっ……うん」 「わかった、ちょっと待ってて。えーっと」 そう言うとユースはページをめくり始め、特定のページを探し始める。 本の表紙側の近くのページでユースが探していた物を見つけだした。 「そもそもリスラル大陸には3種類の種族があって、僕達「人間」と「妖精」、そしてこの二つの種族と今現在対立関係にある「魔族」が存在するんだ。文献もそこまで残っていないらしいんだけど……実は昔は人間だけがこの大陸を支配していたらしいんだ。だけど、約500年前に大陸の存在する種族全てを滅ぼしかけた「終焉の始まりの日」が起こったと言われているんだ。以降魔族が力をつけ始めて、カース国はさっき言った通りこの大陸に唯一存在する魔族の大帝国なんだけど今はもうこの大陸の南半球の殆どを支配しているんだ」 「……そうなんだ……」 「そしてそのカース国に対抗するために、元々その時に存在していた人間の大国5つが連合同盟を結び魔導ギルドを設立したんだ。そしたら五人の団長とそれに続く魔導士達を見て、魔導士に憧れる人が出てきたんだ。そして500年の時が過ぎても、魔導士になりたいっていう夢を持つ人は本当に多いんだ」 数秒間の空白が流れる。 すると、さっきまで下を向いたまま落ち込んでいたリーズちゃんが口を開いた。 「……私も、お父さんやお兄ちゃんみたいな魔導士になれるかな」 「……?」 「誰も失わなくていいような、強い魔導士に……」 「リーズ……」「リーズちゃん……」 「なれるわよ、きっと」 突然、料理を作っていたメグさんがこちらに話しかけてきた。 「リーズは学校でも成績良いし。ただ、私は魔導士の強さ弱さに関係なく、 何よりも自分や仲間を信じきって戦う事が一番大切だと思うわ」 「お母さん……」 「私もあなた達二人を産むまではそうやっていつも自分と仲間を信じ続けて戦ってたなぁ……まあでもね、戦うだけじゃなくて、皆と信じ合える事自体が一番大切な事だと思うわよ」 「……うん……ありがとう、お母さん!」 「『自分と仲間を信じきって戦う』って、昔から母さんの口癖だったよね」 「そうかしら? ……あっ、もうすぐご飯できるからあとちょっとだけ待っててね」 メグさんがそう言うと、キッチンへと戻って行った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「わぁっ……!」 白色のとろみのあるスープと人参、じゃがいも、ブロッコリー、玉ねぎ、キノコや肉などが一緒に煮込まれたクリームシチューとその横に置かれたパン、そしてその机のど真ん中に置かれた、事前に切られたローストビーフが机の上に次々と置かれる。目覚めてから何も食べていなく、お腹も気付かぬ内に空いていた私にとってはやっとありつける食事だった。 「さ、召し上がれ」 全ての献立を机の上に置き、取り皿とフォークとスプーンも置き終わったメグさんがそう言うと私が「いただきます」を言おうとした瞬間先にユースとリーズちゃんの二人にメグさんの言葉が終わる瞬間にその言葉を言われてしまったので釣られるように私もその言葉を言った。 「……!」 スプーンでシチューを掬い、具とスープを食べる。 味付けも薄くなく、スープだけでなく具も美味しい。 目覚めてから何も食べていない私にとっては感涙しそうな美味しさだった。 「うん、美味しい!」 「久し振りに母さんのシチュー食べたけど、昔と変わらず美味しいね」 「そう?ありがと。 えーっと……あなたはどう?このシチュー」 「……えっ?あっ、すごく美味しいです!」 私は率直な感想をメグさんに返す。 「そう、ならよかった。おかわりあるから欲しかったら言ってね。 それにしても、名前が無いのって……凄く不便じゃない?」 「名前……ですか……」 自分の名前。記憶を無くしてから、名乗る名前すら思い出せずその部分に関してはかなり不便な所があったが……かといって適当な名前を名乗る訳にもいかず困っていたのだった。 「名前、かぁ……確かに無いのは不便よね……」 「うーん……まぁ、思い出すまで一旦何か呼びやすい 呼び名を作っておいたほうがいいんじゃないかな?」 「……確かにそうかも……」 「呼び名」といっても、自分にあった呼び名を決めるのはかなり難しいんじゃないのかと思いつつ「そうかも」という同意に近い言葉で返してしまう。しかし自分の本当の名前を思い出すまでずっとその呼び名を持ち続けると考えると迂闊に変な名前はつけられない。変な名前なんて自分につけないけど。 「……あっ」 「……?リーズちゃん、どうかしたの?」 すると、リーズちゃんがふと何かに気づいたかのように席を立ち窓の方へ近づいていった。私と他の二人もそれに続く。窓の外にはもう暗くてあまり見えづらい農場と、空には一つも欠けていない白い月が浮かんでいた。 「……やっぱり、似てる」 「?……何が?」 「……お姉ちゃんの髪の色と月の色、 どっちも綺麗で色も似ているなって…… 呼び名を作るのに役に立ったらいいなって思ったの」 私はリーズちゃんの言葉を聞いて自分の髪の色を見る。 よく見たら月と同じ月白色だった。 綺麗なのかどうかは自分ではわからないけど。 「月ねぇ……あっ!」 突然何かを思い出したかのように、メグさんが本棚へ近づき何か本を取り出してくる。 本の表紙には「神々について」と書かれていた。 「えーっと、どのページにあるんだろう…… あっ、あった!」 開かれたページの左上の題名には「月の女神 ルナ」と書かれていた。 月白色の美しい髪と神々しくて美しい姿の絵が描かれている。 「あなた、髪の色もスタイルもこの絵と似ているじゃない?」 「えっ……いや、スタイルは別に……」 「そのままだけど、『ルナ』って名前にしたらどうかしら?」 反射で謙遜っぽく返した私をスルーし話を進めてくる。そして本当にそのままだった。 「『ルナ』かぁ……凄く似合ってると思うよ」「うん、私もそう思う!」 ……でも。 悪くなかった。自分の名前を思い出すまで、この名前でも良いかもしれない。 「『ルナ』……いいですね、その名前」 「本当に?よかった、そのままの名前で提案しちゃったけど 気に入ってくれて良かったわ」 「いえ……わざわざありがとうございます」 わざわざ名前を付けてくれたメグさんに礼を言う。 「じゃあ、これからは『ルナ』って呼ぶことにするよ、ルナ」 「……うん、ユース」 名前を呼びあった私とユースは、他の二人と一緒にテーブルへと戻った。
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