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赤い光が、柔らかく瞬いている。
通常の教室の半分くらいの広さの部室には、左右の壁に大きな本棚があって、小説から参考書から様々なジャンルの本が敷き詰められている。本に囲まれた空間は、さながら、ミニ図書室、と言ったところだ。
部室の真ん中にある机で、本のページをめくる。物語の世界に入り込もうとすると、ご機嫌な歌声が聞こえてくる。視界の隅が赤く瞬き、僕の集中は妨げられた。
しおりがないので、本を開いたままひっくり返して置く。歌声の方を見ると、窓の棧に腰掛けている女子生徒がいた。肩まで伸びた艶やかな黒髪が、日光を反射している。歌うたび、彼女の口は赤い光を吐き出していた。光に透かして見るように、折り目のついた紙を眺めている。
「先輩」僕の呼びかけに反応するも、彼女は歌を止めない。抑揚に合わせて、赤い光が点滅する。それは踏切のような強いものではなくて、林間学校で見たホタルの景色とよく似ていた。
「その歌、嫌いなんでやめてもらってもいいですか。というか、何度も言っていると思うんですけど」
「ああ、ごめんごめん」先輩は慌てて口を抑えると、赤色がすっと消えていった。
「口癖みたいなものでさ、つい口ずさんじゃうんだよね」
そう言いうと、代わりに別の歌を歌い始める。今度は緑色の光を吐き出し始めた。まるで里山の中にいるような気分になる。
先輩はなおも、興味深そうに紙を眺め続けていた。
「そんなに僕の答案用紙が面白いですか」自分のテストを見られるのは、あまり良い気がしない。
「いやいや、じっと見ていたら私にもカラフルに見えるのかなって。しかし、よくこれで50点も取れたよね」
「それは、僕も驚いています」
紙に記されている数学のテストの結果は52点。平均点が63点だから決して良くはないが、僕はもっと低いと思っていた。テスト中の行動を振り返ってみるが、どう考えても高得点は狙えない。今回に関しては、非常に運が良かった。
先輩は歌い続けながら、僕の答案用紙を机に乗せ、端と端を合わせて折り始める。細くてしなやかな指が折り目を抑えるのを、僕はぼんやり眺める。
「先輩こそ、自分の勉強はいいんですか。受験生でしょ」
「あら、私はこう見えても成績はいいのよ。この前の模試も二重丸だったし」
「慢心は良くないですよ」
「それもそうね。肝に銘じておきます」
僕の答案用紙は、いつの間にか紙飛行機へと姿を変えていた。先輩はその出来栄えに、満足そうに笑う。少しだけピッチの上がった歌声が、緑から黄緑へと変化する。
先輩の手から紙飛行機が飛び立った。
掠れた筆のように、黄緑色が飛行機の後を追う。わざわざ表側が見えるように折られたそれは、自らも淡い緑色を放っていた。
あの美しさを周りが理解できないことが、僕はいつも残念に思う。
きっと残念だと思われているのは僕の方なのだと、僕は自分に釘を打った。
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