宮司さんの話

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さて、その頃には残った二家族は お互いの事を、嫌というくらい知っていました。 武将は家老の妻の事が心配でした。 なにせ彼女は(ふところ)の深い家老の妻とは思えぬほど、 自分勝手で我儘(わがまま)な女だったからです。 果たして外の世界で、神の試練(しれん)を果たすことができるのか。 別れの前によく家老とも家族とも、本人とも話し合ったのですが 結局不安しか残りませんでした。 武将は皆が天にかえるのを見届けてから、自分も()くつもりでした。 それが自分の最後の(あるじ)としての矜持(きょうじ)だったのです。 武将は毎日庭で赤い花が咲くのを待ちました。 三年・・五年・・・。春が来て夏が来て、秋が巡り冬が来る頃には 美しい赤い花は、五つ綺麗に咲き散りました。 武将は天を仰ぎ、逝った者たちが天に召されたのを感謝しました。 ただひとりを除いては・・。 武将は山を下りました。 そして訪ね歩く旅をしたのです。 その旅で武将は力仕事を助けたり、喧嘩の仲裁(ちゅうさい)をしたり、 畑の手伝いをしたり 身分もすべて忘れて、懸命に誰かの助けを続けました。 ある日、水鏡(みずかがみ)に映った自分の姿を見て驚愕(きょうがく)したと言います。 なんと武将は二十歳ほど若返っていたのです。 あの集落を出た途端、世間の(ことわり)から(はず)れた彼らは 年を取ってゆくのではなく、年が減ってゆくことに気づきました。 それはとても緩慢(かんまん)ではありましたが、確実なものでした。 それならばあの家老の妻は、もっと若返っているに違いない。 年を取らない娘がいるという噂は、直ぐに彼の耳に届きました。 武将がそこに尋ねた時、家老の妻は十七、八の娘になっていました。 「瑠璃(るり)殿。」 彼女は武将をみて驚愕(きょうがく)したものの、ふふんと鼻で笑いました。 「不老不死になれたのなら、好きな事を好きなだけできるじゃない。」
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