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大学の時、僕は確かに生きていた。
週末は装備を整えて、山を巡った。
厚い靴の底に大地を感じ、森の息吹を肺にいっぱい吸い込んでいた。
鳥の歌に合わせて、森を渡る風を聞き、
流れる渓流で喉を潤した。
今はどうだ・・。
己の姿も他人の姿も、吐く息まで灰色になってしまった気がする。
十分ほど歩いた頃、僕は足を止めた。
急に気温が下がったような気がした。
心なしか靄がかかったような気がする。
おかしい。
霞は一歩ごとに濃くなって、直ぐ間近の樹木までもが白く霞んで見える。
この霧で方向を誤ったようだ。
足元すら霞んで見えなくなり、僕は足を止めた。
原始的な恐怖が這い上がってくる。
異界に迷い込んで、独りで彷徨っている気持ちになる。
その白の中、前方の高いところに一瞬色が見えた。
鮮やかな赤だ。
何か建物でもあるのだろうか。
僕は足元を探りながら、そちらに向かって慎重に歩き始めた。
足元ばかりを気をつけていたものだから
不意に現れた朱塗りの鳥居は、唐突に目の前に現れた気がする。
「こんなところに・・・?」
この山の頂上には、この山の神が祀られている。
何度も訪れその度に無事を感謝し、参ったのだ。
間違うはずもない。
その小さな社には不釣り合いに思えるほど、大きな鳥居だ。
鳥居は社に向かう神の通り道と言われる。
少なくても、この先真っ直ぐ進めば、頂上の社に着くだろう。
そこからなら誤った道も正して下山できるだろう。
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