ワシカグチ

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どこからどこに上がるのかわからず、(やしろ)の周りをぐるぐる回っていると 今度は白い着物に紫の(はかま)の宮司さんが、竹箒(たけぼうき)をもって出てきた。 「あの・・。ワシカグチさんという宮司さんから、 こちらに上がるよう言われたのですが・・。」 五十代くらいの小太りの宮司さんは、きょとんとした顔で僕を見つめた。 「ワシ・・なんとおっしゃいました? 宮司は僕一人ですが・・。」 今度は僕が絶句した。 そして今までの経緯を出来るだけ詳しく話をした。 宮司さんは、ううーんと首を(かし)げた。 「とりあえず、(ふもと)に連絡を入れられますのでご案内します。 日も落ちますし、今日はこちらにお泊りになるとよい。 何もおもてなしはできませんが、食事くらいは用意しましょう。」 おそらく宮司用なのだろうが、(やしろ)には簡単な布団や風呂もあり 僕はすっかり人心地がつき、簡素だが最高に旨い夕食をいただいた。 夕食が終わるころを見計らってか、宮司さんが遠慮深そうに入ってきた。 「よろしければ、お時間をいただけますか?」 勿論(もちろん)。と僕は()ずまいを正した。 「ワシカグチ、と名乗ったものがあなたを助けたのですね?」 「はい。」 僕は答えた。 「彼が引っ張ってくれなければ、僕は崖に転落して 無事では済まなかったと思います。」 宮司さんはしばらく僕を見つめて沈黙していたが、ようやく口を開いた。 「僕は持ち回りでここの宮司をしているもので ここには、今は正式な宮司はいなのです。 ただ、ここには古い言い伝えが残っています。」 一般の方に話すことではないと思うのですが・・と宮司さんは続けた。
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