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幸いなことに雨はもう止んでいた。しかし曇天は相変わらずでいつ降り出すか分からない。大通りを渡り玲奈は駅へと足を向けた。どうせもう行く当てはない。
駅の軒下とでも言うのだろうか。街灯でなるべく明るい場所に落ち着いた。さてこれからどうしよう。深夜一時、頭の中にラブホと個室ビデオと漫画喫茶が選択肢として上がっていた。女一人で入るには少し勇気が要りそうだった。
スマートフォンにメールが来ていた。『今日はお泊り?』と母からだった。朝、家を出るときに「今日は拓海と客先へ行く」と伝えてあった。ここにも赤い糸信仰が一人。『今、喧嘩したところ』と返信してやろうと思ったが、やめておいた。
何であんなことをしてしまったか、今なら冷静に分析できる。紙面の女に頬を染める男への嫌悪、執拗に縁を結ばせようとする周りへの反骨精神、一瞬でも拓海との関係を思った自身への怒り。それらは既に限界ぎりぎりだった心のタガを優に外し、我を忘れるに至ったのだ。だからと言ってココアをかけて良いと言うことにはなりはしないが。
反省しながら玲奈は自身の大学時代を思い出した。流行の服を買いあさり、アイドルのライブに全国を飛び、その資金調達に奔走する日々。恋人の『こ』の字の欠片もない。その上、夢も無く、自分一人で気のままに生きて、それでいて周りに迷惑をかけたくないと願う気持ちは今も同じで、拓海とも同じだ。それを思えば決して拓海に説教できる立場ではなかった。
わがままな生き方だとは理解している。しかし拓海と結ばれたくないというのも、母やおばさんを悲しませなくないというのも正直な気持ちだ。自分に嘘はつきたくなかった。
ならばどうすれば良いのだろう。
玲奈と拓海がそれぞれ別に結婚したいと思える相手を見つけだして結ばれる、それが唯一考えられる突破口だった。
現状、かなりか細い道だった。
玲奈の口から大きなあくびが飛び出した。そうだった、差し当たり悩むべきは今日の寝床だった。さてどうしようと思った矢先にスマートフォンが鳴動した。
「夜分遅くにごめん。今、大丈夫?」
よく聞きなれた男の声。その時になってようやく玲奈は知り合いに頼るという手に気が付いた。信哉とは大学時代からの付き合いだから、頼めば一晩くらいは面倒を見てくれるだろう。
「いいよ。ちょうど今、名駅にいるの」
「そりゃあ、ついてるな。もし良かったらこれから、どう?」
もちろん拒む理由などありはしない。「十分くらい待ってて」と告げて、玲奈は暗闇に消えていった。
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