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 一台のタクシーがロータリーを走り去っていく。闇夜に輝くテールライト、遠ざかるその光に向かって玲奈と拓海は何度も何度も頭を下げた。 「疲れたね」  タクシーが見えなくなるのを確認してから玲奈が言った。拓海は虚空に息を吐いてそれに応えた。  客先との酒の席は三件目まで続けられた。おかげで時刻は零時を回り、さしもの名古屋駅も人もまばらだ。東口は夜風で少し肌寒い。  玲奈はスマートフォンを取り出した。二人の家が有る刈谷行きの終電は既に逃してしまっている。 「どうする? もう電車ないみたいだけど」 「タクシー使うか?」 「経費で落ちるとは思えないけど、大丈夫?」 「無理だ。そんな金持っていない」  拓海は眠たそうにあくびした。じゃあどうするつもりだと思ったが、玲奈もそれなりに飲んで疲れている。追及するより少しでも早く横になりたい。記憶を頼りに宿を探すと、手ごろな場所を思い出した。玲奈は南に向かって歩いて行った。 「おい、どこ行くんだよ」 「カプセルホテル。大学の時に友達と一緒に一度泊まったことがあるの」 「勝手に行くなよ。俺もそこにするからさ」 「好きにすれば?」  玲奈の後ろを拓海がひょこひょこついてくる。千鳥足とは言わないが、視線はあちこちへ泳いでいる。子供みたいな歩き方に玲奈は懐かしさを感じていた。  二人は実家が近かったので保育園の頃から家族ぐるみの付き合いがあった。小、中、高と学校も同じくし、そのうえクラスも十二年間同じだったと言う筋金入りの幼馴染だ。進路の違いから大学は別々の所へ行ったのだが、そのあと就職先の職場にてまさかの再開を果たしたのだった。玲奈は営業、拓海は製品設計部だった。  四年ぶりの邂逅を両家の両親は囃し立てた。「玲奈と拓海は赤い糸で結ばれている」と、割と本気で期待するようになってきた。しかし当の本人たちはどこ吹く風で、色恋に発展する素振りも見せないでいた。普段は挨拶を交わすくらい、たまにこうして仕事で関わる時に話すだけだ。むしろ周りの期待に反発するべく、お互い距離を置くようになりつつあった。  二人はナナちゃん人形の足元を通り過ぎ、十字路で信号につかまった。目的のホテルは道路を挟んで向かいにある。左手にはスパイラルタワーズ。夜空へ伸びるらせん模様の円柱が厚い雲を支えてる。いつ雨が降り出してもおかしくは無い。  信号が青になるのを見計らって、玲奈はホテルへと足を速めた。
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