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-傍観者-
穴だらけの世界だった。どの穴も、人で埋め尽くされていた。
「僕は人が嫌いだ。苦手だ。視線が怖い」
だけどその穴ひとつひとつに、過去が詰まっているのだ。僕はそれを覗かずにはいられない。人に与えられる緊張に、疲れ果てているというのに。話すことも目を合わせることも苦痛なのに。
「結局僕は人が嫌いな訳じゃないんだろうね。上手く付き合えないだけさ」
革靴の爪先をコンコンとタイルに打ち付ける。ライトは目まぐるしく穴という穴を映し出す。そこには、怖いものも見えた。切なくて泣きたくなるようなものも見えた。眼を背けたくなるようなものも見えた。
「それでも僕は……いや、人は覗かずにはいられないんだ」
巻き付く重みは苦しく、ひしゃげて壊れていた。
僕は笑った。声も無く。
「業だよ。続いているんだ。生まれてこのかた、どうしようもないと思っていたんだ。このありさまに。そして、進路も退路もみつけられないのさ」
抑揚に溢れた煌びやかさと、平坦極まりない苛立ちと。全て過去に繰り返されたこと。それでも、それは一度きりなのだ。
「ああ……ああ……可哀想に」
僕はにこにこと笑った。哀れみを含んだ言葉は、喜びに満ち溢れる。激情は激情のまま、ただ道筋を失い、終わりの時を求めて続いていく。
「そして今日もまた、僕はめぐっている。今日という日を」
エンドレス。
くるりと黄色い傘が視界の中心で回った。長靴と、雨の音。びしょびしょの机に、べっとりとした空気。
「あなたの前には、あの時とよく似た、あの頃が広がっているんだ」
僕は十年前のあなたと何が違ったかな?
あなたは三十年前のあの人と何が違ったかな?
百年前のあの頃も、僕は湿気で顔に貼り付いた黒髪を、鬱陶しそうに指で払わなかったかな?
「ねえ。…………一体いつからそこにいるの?」
いつからだろうか。脳に刻まれた記憶は継承される。記憶野の奥底にある、あの人の顔をたまに思い出す。飴玉の甘味、暗闇の吐息、海の轟音。
さて、僕の手を引くのは、誰だっただろう。
「今日も何千人何万人と世界を去り、そして生まれてくるんだ」
遠くを見て、あなたはぽつりと言った。
「みんな、過去を引きずったまま生まれてくるんだよ」
どの穴の中も全部、知っているけれど、知らない世界なんだ。
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