妄想コンテスト「赤」

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「茜くんから見てどう? 瑞樹茜の絵は」  食後のお茶を置いた所で、玲子が向かいに座りながら尋ねる。 「素晴らしいと思うよ。花灯が作る色が、本当に綺麗なんだ。僕にはあんな風に人の心を暖かくするような色は出せない。技術だってある。花灯は独りで今と同じクオリティを、いや、もっと花灯の個性が光る作品を描けると思う。瑞樹花灯の作品を世に出すべき、僕はいつもそう思っているよ」 「なら、どうして花灯はあなたに下絵を書かせるのかしら」  探るような問いかけに、一葉は置かれた湯呑に視線を落とす。 「……わからない、っていうのは嘘だよね。僕は、赤が見えないんだ」 「花灯から聞いてはいるけど。色覚異常とかそういうもの?」 「いや、色覚には問題がなくて。だから、精神的なものだろうって、そう言われているね」  いやに他人事のように、一葉が応じる。ずっと昔の話だけど、と前置きをして、語り出す。 「ある子供が居てね。どこにでも居るような子供だよ。少しだけ、他の子より絵を描くのは好きだったかな。好きな色は赤色だった。子供だからね、バランスなんかじゃなくて、自分の好きな色をふんだんに使って絵を描く。  それは、陽のような赤でも、情熱のような赤でもなくて、ただ暗い泥のような赤だった。  たぶん、子供が使う色としては相応しくなかったんだろう。  その絵を見た子供が、泣いたんだ。その子が描く絵が、きっと怖かったんだよ。それがきっかけで、小学校の先生に気色の悪い色使いをやめろと叱られ、それを見ていた周囲の子供達からも気味悪がられてね。その子は、人前で絵を描くことはなくなった。それからだと思うよ、その子の世界から赤色が消えたのは」  湯呑に口を付けて一葉は、喉を湿らせる。 「そんな子供も大人になるわけで、適当に折り合いもつけていっている。色の無い絵を書こうと思った。もう赤がどんな色だったかも思い出せないし、実感が無いから、その子が昔望んだ色を見ることも無いしね」 「そう」  それ以上の言葉を継げずに、玲子は頷く。感情の置き場所を定めるように間を置いた。 「でも、それがどうして、花灯が君に下絵を書かせることになるの?」  変わらない口調での問いに、一葉は安堵を感じさせる息を付く。 「僕の絵を見て泣いたのは、花灯だよ」  向かいで玲子が息を呑むのは無視して、淡々と言葉が続いていく。 「フリーターやりながら、家で好きなように絵を描いて過ごしてた頃かな。芸大や専門学校に行くお金も無くて、ただ絵を書きたくて、そう過ごしてただけなんだけど。お金を貯めて、個展や公募展とか、展覧会とかにはよく顔を出してたんだ。  そんな中で、酷い絵を見てね。紫陽花の絵だったかな。  黒ずんだ灰色が占める絵。端々には綺麗な色も見えるのに、まるで台無しにするように泥みたいな灰色が塗りたくられてた。近くで同じ絵を見ていた人たちの話では、親が主催に一枚噛んでるから展示の枠をもらえていたなんて言われてたかな。  それに腹が立って、僕、その人達に噛み付いたんだよね。確かに彼が上塗りしたように見えるその色はどうしようもないほどに酷いものだったけど。僅かに残っている葉の描き方とか、本当に綺麗だったんだ。  何か、やりたい表現があったのかもしれないし、それを読み取れる人が選んだのかもしれない。何より、家でこっそり描いているだけの僕の絵なんかより、その絵はとても価値があるように見えたから。  そうやって噛み付いていたら、近くで絵を見ていた人の中から一人、慌てた様子で僕をその場から引き剥がしにかかって。何かと思っていたら、後で聞いた所では描いた本人だったんだよ」  一葉が懐かしむように、笑みを浮かべる。 「彼は瑞樹花灯と名乗った。あの絵は失敗だから勘弁してくれ、って。親馬鹿の父が勝手に出したものを、でも出てしまったものだから批評は聞こうとその場に足を運んだんだと、そんな風に言っていたかな。絵のこと、人と話す機会なんてなくて。だから、絵にちゃんと向き合う人が新鮮で。後の時間は展覧会そっちのけで花灯にインタビューみたいなことをしてた気がするなぁ」  それ以来、瑞樹花灯の作品は世に出ることは無くなった。  それからしばらくして、下絵が下手なんだと、そんな理由と一緒に、花灯は一葉の前に再び現れる。過去の何もかもを携えてやってきた彼の誘いに、一葉は迷いながらも乗ったのだ。
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