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「茜くん、もう今日は休むそうよ」
キャンパスに向かって立ったままの花灯に、玲子が伝える。
「どうして黙ってたの?」
「俺が何かをしていいと、そう思うことはできなかった。でも諦められなくて、手の届く所には置いておきたかった」
花灯の隣に立って玲子が、茜一葉の作品を見る。
「駄作か? 気味の悪い絵か? 心が赤を拒絶してしまうほどに糾弾されるような、あってはならない絵か?」
「見る人の心臓に爪を突き立たてるような絵だわ」
時間をかけて絵を見た後、花灯の乾いた涙の跡へと、玲子は視線を向ける。
「花灯のやりたいことは、わかった。ええ、良い対比だと思うわ。人は軽度なストレスは娯楽として楽しむものよ。その先で、あなた達がどうなるのかは、わからないけれど、楽しみにも思うわね」
頷きを作り、玲子が尋ねる。
「どうして下絵だけを任せていたの?」
「拒否されると思った。ずっと迷っていたんだ。俺があいつから奪ったものをどうしたら良いのか」
拾い上げる筆の先には、血のように赤い絵の具の発色が有る。
「でも、瑞樹茜が世間で認知されて、準備は整いつつある。玲子に任せてよかった」
「あなたの絵にそれだけの価値があったからやっただけよ。負け戦は趣味じゃないし」
見るべきものは見たと、そう言うように玲子はその場を離れる。
「でも、何も変わらないかもしれない。彼に取り戻せるものがあるかはわからないわ。彼自身、今のままでいいと思っている所もあるでしょう。諦めとも言えるのだろうけど」
だから、と、玲子がそう続ける。
「彼の絵が評価されて、その理由について真剣に向き合うことができれば良いわね」
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