その後のイリス

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その後のイリス

イリスはその後、死体の異臭がこびりついた臭いをとるために身を清められ、清潔な衣服に着替えさせられた。お腹が空いているだろうからと簡素な食事を出される。 「イリス。君に幾つか聞いてもいいかな?君の街を襲った海賊について知りたい。もしかしたら、君のお姉さんの手掛かりになるかもしれない。でも、そうすることで君には嫌な事を思い出させることとなる。もし、無理なら断ってもいいんだよ。」 ライオネルはイリスにそう切り出した。イリスは数秒迷ったがコクン、と頷いた。 「お姉ちゃんを助けてくれるなら…、何でもする。」 強い娘だと思った。まだ幼いが骨がある。それに、危機的状況でも生き残る術がある賢い子供だ。海賊の襲撃に遭えば普通は動揺し、混乱する。逃げた所で海賊達に見つかり、殺される。隠れた所で見つけ出されて捕まったり、火で焼かれて逃げ遅れて殺される。そうして亡くなる例が多い。しかし、この少女は死体の山に紛れてその存在を隠したのだ。海賊は略奪と殺戮行為にしか興味がなく、斬り捨てた死人には目も向けない。死体の山になどわざわざ近づかない。それを本能的に分かって隠れたのだ。幾ら生き延びるためとはいえ、それなりの覚悟がないとそんな真似はできない。死人の異臭と体液に塗れるのは生死を問われる状況でも大抵の人間は躊躇するだろう。ある意味、社会や組織のルールやモラル、常識を知らない子供だからこそ本能的に生き残る方法を察知できたことかもしれない。ライオネルはそう感じた。ライオネルに海賊について聞かれ、イリスはぽつぽつと語った。突然、砲撃を受け、海賊船が街を襲ったこと、姉と二人で逃げたが姉は自分を庇って海賊に捕まってしまったこと、海賊達は容赦なく住民を殺していったこと…。イリスは震えながらも話した。そして、逃げながらも目にした海賊船のマークは髑髏に牙の旗が掲げられていたと話した。 「髑髏に牙…?成程…。恐らく君の街を襲ったのは『ベスティア』海賊団だ。」 「ベスティア海賊団?」 「ああ。以前から世間で騒がれているそれなりの力を持った海賊団だ。我々もその海賊団の足取りを追っているがいつも後一歩の所で逃げられてしまう。船長は凶悪で残忍と名高く、襲った街はほぼ生存者はいなく、全滅させられたと聞く。」 「凄く怖い人だった…。まるで熊みたいに大きな体で…、街の人達が殺されていく中で…、怖い顔で笑ってた。」 イリスは震えながらそう言った。 ライオネルはイリスの肩にぽん、と手を置いた。 「お姉さんのことは…、我々に任せて。できるだけ、早く君のお姉さんを助けられるように力を尽くすよ。」 「本当?本当にお姉ちゃんを助けてくれる?」 ライオネルは頷いた。イリスはホッと嬉しそうに微笑んだ。 「あの子は?」 「疲れ果てて眠っています。」 イリスが寝ているであろう部屋を見ながらライオネルはそうかと頷いた。 「しかし、あんな小さな子供が…、よく生き残れたものです。」 「そうだな。あのベスティア海賊団の手から逃れ、生き延びたのだ。あの娘は本当に運が良かった。」 「ベスティア海賊団…。あの極悪非道として有名な悪名高い海賊団ですか。しかし、その海賊団に捕まったとなると…、あの娘の姉はもう…、」 「まだ決まった訳じゃない。僅かにでも希望があるならその希望に賭けるしかない。例え、その姉がどんな目に遭ったとしても…、それを受け入れなければあの娘も前には進めないだろう。」 「…あんなに小さいのに…、気の毒な事です。」 部下は痛ましそうに顔を歪めた。ライオネルも複雑そうな表情を浮かべながらもせめてどんな形でもあっていいから姉との再会を果たしてあげたいと思った。 「イリス。そんな所にいたら危ないよ。風に飛ばされて、海に落ちてしまうかもしれない。」 「だって、ここからだと海がよく見えるんだもの。」 「お嬢ちゃんは本当に海が好きなんだなあ。」 「うん!大好き!お日様に当たってキラキラしててまるで宝石みたい!」 海軍の船員と楽しそうに話すイリスはすっかり彼らと打ち解けていた。始めは沈んでいた様子のイリスだったが元来は人懐っこい性格なのかすぐに船の皆と親しくなり、今では彼らにとってイリスは癒しの存在だ。素直で健気な性格のイリスは率先して手伝いもして、くるくるとよく動き回り、働いた。イリスは賢い娘でただの街娘とは思えない程の知識を持っていた。本が好きらしく、船に置いてある小難しい本も読む程だ。イリスは好奇心な子供らしく、分からないことがあれば何でも聞いた。しかも、その質問も鋭く、大人ですら気づかなかった点を突いてくる。そんなイリスの姿を見ているとライオネルも自然と表情が和らいだ。イリスは既に両親は亡くなっており、親戚もいなかった。本来なら教会か孤児院でも預けるべきなのだが姉の近況をすぐにでも報告できるように暫くはライオネルの屋敷で客として招くことにした。イリスはそこでライオネルと一緒に暮らし始めるのだった。
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