姉への手がかり

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姉への手がかり

あれから、七年の月日が流れた。イリスは姉と生き別れになってからというもの、運よくイリスを拾ってくれた海軍将校であるライオネルに養女として引き取られた。本来は姉が見つかるまで一時的に彼の家に滞在するだけの予定だったが身寄りがいないイリスを最終的に彼が引き取ってくれたのだ。街が海賊に襲われ、姉と離れ離れになってからというものイリスは姉を捜したい一心だった。 ―お姉ちゃん…。今、どこにいるの…?何をしているの?どうか、無事で…!待ってて。お姉ちゃん。あたしが必ず助けに行くから…! 「駄目だ。」 「どうしてですか?」 ライオネルの言葉にイリスは思わず聞き返した。イリスは姉を捜しに航海に出たいというイリスに反対した。 「危険だからだ。七年前…、君は海賊の怖ろしさを身に沁みて感じた筈だ。海賊がどれ程、残忍で凶悪な集団か分かっているだろう?女子供でも容赦なく手にかける怖ろしい連中だ。あまりにも危険すぎる。若い女の…、しかも、海軍の人間と関わりがあると知られればもっと酷い目に遭わされる。それだけは、絶対に駄目だ。」 「で、でも…!」 「イリス。君の姉に対する気持ちは分かる。けれど、冷静になるんだ。君と会ってからわたしも海軍のありとあらゆる情報の伝手を使って君の姉の情報を集めた。だが、手掛かりの情報はほとんどない。あの『ベスティア号』は君の姉を攫った直後には壊滅している。それがどういう意味か…、聡い君なら分かるだろう?」 「ッ…、」 そうなのだ。姉を攫った例の海賊船はあれから暫くして居場所を突き止めた。しかし、それはその海賊船が原因不明の爆発事故を起こし、船が壊滅したという知らせがあったからだ。それは、通りかかった商船の通報により、発覚したことだった。ランドルフもすぐに現場に向かったが残っていたのは崩壊した船の残骸だけで海賊達の姿はなく、その海域は鮫の生息地であったことから生存者も見つからなかった。それを聞けばおおよその予想はつくだろう。イリスも薄々と気づいていた。姉が生きている可能性は限りなく低いという事に。それでも、イリスは信じたかった。姉が生きているという希望を捨てたくなかった。 「イリス。過去に囚われず、未来に向けてこれからの人生を歩んでみないか?姉の分まで幸せになる。それこそが君のお姉さんも望んでいる事なのではないか?」 「…。」 イリスは唇を噛み締めた。 「それでも…、私は…、諦めたくない!」 「イリス!」 「はあ…。」 イリスは屋敷を出て、街を歩きながら溜息を吐いた。分かっている。ライオネルは出会った時から、イリスを親のように可愛がってくれ、孤児院や教会に預けてもよかったのにイリスを養女として引き取ってくれた。彼には感謝してもし足りない程の恩がある。彼はイリスの生き別れの姉を捜したいという意思を尊重し、協力してくれた。けれど、彼も分かっていたのだ。イリスの姉は恐らく生きてはいないのだろうと。だからこそ、彼は前を向いてイリスには新しい人生を歩んで幸せになって欲しいと願ってくれている。そんな彼の思いを分かっていてもイリスはどうしても諦めることができなかった。イリスは首元に下げた懐中時計を握った。母は言っていた。時計と短剣は同じ人間が作ったもので材料は同じであると。だから、この二つは連動し、繋がっているのだと。母の言葉が本当なら、姉が持っていた金の短剣…。それが姉の生存を教えてくれるかもしれない。短剣を見つけ出せば姉の生死も分かるかもしれないのだ。母の形見の一つであるあの短剣は姉が所持していた。もしかしたら、海賊に奪われた可能性もあるが姉につながる手掛かりになるかもしれない。そうイリスは思った。でも、その為には姉を見つけ出す為の情報を手に入れないといけない。そう思い、イリスはいきつけの酒場に足を踏み入れた。そこは酒場ではあるが多くの情報が手に入れられる場でもあった。さすがに海軍関係者だと知られない為、市民の格好をして酒場に馴染めるような装いをしていたイリスを周囲は奇異な目で見ることはなかった。いつものようにカウンターの隅に座るイリスに 「また、来たのか?イリス。」 「こんにちは。ビリーおじさん。」 強面の店主に話しかけられ、イリスはにこりと微笑んだ。大柄で背が高く、浅黒い肌をしたその店主は眼光も鋭く、一見、大の男でも竦んでしまいそうな容貌だ。が、昔から姉を捜す為にたくさんの情報を集めようと必死に奮闘していたイリスはこの酒場では常連客だ。店主とも顔なじみで初対面の時はその岩石のような顔に怖がったが根は気さくで大らかな性格だと知り、今ではこうして世間話をする程の仲になった。 「ほら、いつもの苺水だ。」 「わあ…!ありがとう!」 イリスの好物の苺水を差し出す店主にイリスは顔を輝かせた。店主お手製の新鮮な苺水は格別に甘くて美味しいのだ。イリスはこの苺水が大好物だった。酒が飲めないイリスに気を利かせて店主はいつもこの飲み物を出してくれるのだ。イリスはコクコクと喉を鳴らして苺水を口にする。 ―美味しい…!やっぱり、ビリーおじさんの作る苺水は最高ー! 「おお!イリス!元気そうだな。」 「イリス。また、苺水を飲んでるのか?お前もそろそろ、大人の仲間入りをしたらどうだ?」 同じ常連客の出稼ぎの商人や傭兵、船乗りに声をかけられる。イリスはそれぞれに笑顔で挨拶を返した。 「そういえば、イリスはもう十七歳だねえ。いい人はいないのかい?」 「いないよ。今は恋とかそういうのしている暇はないから。」 店主の妻であるおかみさんにそう言われ、イリスは首を振った。 「真面目だね…。そこがあんたのいい所だけど…、せっかくの年頃なんだからもっと恋愛を楽しんでもいいんだよ?あたしが若い頃なんて…、」 おかみさんの若い頃の恋愛経験を聞きながらイリスは苺水を飲んでいた。すると、イリスの耳にある単語が入った。 「また、『ブラッディーパンサー号』か…。相変わらずやることがえげつないよなあ。」 「海軍ですらも中々、尻尾が掴めないんだとさ。何でもあそこは船長だけでなく、副船長や手下達が中々の強者なんだとさ。」 「『ブラッディ―パンサー号』!?あたし、知ってるわよ!あそこの幹部はすっごい美形の男ばかりだって!」 客とそれに割り込んだ給仕の女の声にイリスは顔を上げた。『ブラッディ―パンサー号』…。聞いたことがある名だ。確か海賊界の中でも一目置かれている海賊団で海軍ですらも翻弄させる手腕を持ち、何度も海軍と渡り合い、その追跡から逃れたという実力派の海賊船だ。同時に船長は残酷非道な人間だと有名で幹部も船員も非情な人間ばかりだと聞く。裏切り者は許さず、仲間でも容赦なくその鉄槌を下すという話だ。イリスはただ聞き覚えのある海賊船の名に反応しただけだった。すぐにカウンターに向き直るが…、 「そういえば…、聞いたか?また、あそこの海賊船は女を攫ったらしいぞ。」 「あそこの海賊船は人攫いでも有名だからな。しかも、そのほとんどが若い女ばかりだろ?可哀想になあ…。」 「攫われた女の中には赤い髪の女もいたらしい。それがえらい美女だったって話だ。その女は珍しく魔力持ちだったらしいぞ。だから、攫われたんだろうな。」 赤い髪?それに、魔力持ち?イリスはその言葉に反応した。立ち上がり、それを会話している男達に話しかける。 「あの!突然、すみません!今の話…、もう一度詳しく聞かせて下さい!」 「う、うわ!何だよ!?いきなり!」 「お願いします!お礼なら、幾らでも差し上げますから!」 イリスは情報料として、銀貨十枚を差し出した。すると、男達は戸惑いながらも話してくれた。姉の似た風貌のある女性の情報…。それは初めての事だった。イリスは希望が見えた気がした。 「アルマ!」 「何よ?イリス。あたし、忙しいんだけど。」 給仕係のアルマ…、先程、客達と一緒に話していた彼女にイリスは話しかけた。 「アルマ!お願い!仕事が終わった後でいいから少しだけ時間を貰えない?」 イリスは手を合わせてお願いした。 「へ?『ブラッディ―パンサー号』について知りたい?」 イリスはコクンと頷いた。 「へー。あんたでも、やっぱりいい男には興味があるんだねえ。今まで男には興味ありませんって顔してたから意外だわ。」 「え?違うよ!ただ、その船にお姉ちゃんが乗っているかもしれないの。だから、少しでもその海賊船について知っておきたくて…、」 「あー。そういうこと。本当にあんたって、シスコンよね。口を開けば姉さん、姉さんって言っているし。」 「うっ…、だ、だって…、」 「って言っても私も詳しいことは知らないの。あたしが知ってることは噂程度のもの。」 「知ってることだけでいいの。お願い!教えて!」 イリスはアルマに頼み込んでブラディーパンサー号の情報を手に入れた。 「イリス。まさかとは思うけど…、あんたその海賊船に乗り込む気じゃないでしょうね!?」 「ま、まさか…!この情報を基に海軍に調べて貰おうと思って…、」 「なら、いいけど…、いい?海賊船に乗り込んで姉を捜そうなんてそんな無謀で命知らずなこと間違ってもしないでよね。」 「も、勿論!」 イリスは無理矢理口角を上げてコクコクと頷いた。 「そりゃ、あそこの海賊船はすごい美形が乗っているって噂だから見たい気も分かるけど…、危ない橋は渡っちゃだめよ。あ、でも、危険な恋もありっちゃありかもしれない…!」 夢見がちなアルマは何を想像したのか手を組んでうっとりと目を細めた。イリスはアルマの話をほとんど聞いていなかった。胸の前で手を握り、ある決意を固めた。 ―ブラッディ―パンサー号…。そこにお姉ちゃんがいるかもしれない。
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