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青い瞳の海賊
「ここが…、『ブラッディ―パンサー号』…。」
本当に海賊船に潜入してしまった。もう後戻りはできない。ごくり、とイリスは唾を飲み込んだ。積み荷に紛れて海賊船に乗り込むことに成功したイリスは不安の中、自分に言い聞かせた。大丈夫。これだけ大きな船なのだ。今は男装をしているのだから船員に混じっていればバレない。気を取り直してイリスは船内を窺いながら歩いた。
「おい!そこの新入り!」
びくり、と肩を震わせる。
「さっさと甲板を掃除しろ!」
そう言って、掃除道具を渡され、背中を押される。イリスはバレた訳ではなかったとほっとした。帽子を目深に被り、掃除をし始める。船内を捜索するのは後にして今は大人しくしていよう。
「シリウスさん!お、お帰りなさい!」
「何か変わったことは?」
「いえ!ありません!」
船員達が何処となく緊張した面持ちで一点を見つめる。横目に見ればそこには一人の若い男がいた。
―わ…。
男はスラリと背が高く艶やかな黒髪を背に流し、切れ長の瞳が特徴の眉目秀麗な青年だった。海賊というよりも貴公子といった印象を与える。荒くれ者で粗野で野蛮といわれている海賊とは思えない位に気品があって洗練された物腰だ。体つきも線が細く、腰に剣が下げられているがどちらかというと頭脳派文官といわれたほうがしっくりくる。とても海賊らしいとは思えなかった。それにしても、綺麗な人…。そこら辺の女性よりもよっぽど整った容姿をしている。思わず見惚れてしまう。視線を感じたのか男はイリスに視線を向ける。青い瞳と目が合い、慌ててイリスは視線を外した。そのまま甲板掃除に取り掛かる。村にいた頃から姉と一緒におおかたの家事はこなしていた。掃除もその一つなので難なくこなすことができた。船には大勢の船員がいたせいかイリスが紛れ込んでも誰も気づかず、海賊見習いか新入りだと思われていた。イリスもそのように振る舞ったので疑念を持たれることなく、やり過ごせた。イリスは船員たちの目を盗んでこっそりと船内を物色した。どこかに捕虜を捕らえて牢にでも入れている部屋がある筈だ。イリスは船底に続く階段を降りた。一つ一つの部屋を見ていく。奥の部屋には鍵がかかっていた。鍵を壊し、イリスは中に侵入する。そこはうす暗く、肌寒かった。室内にはランプの灯りしかなく、益々、薄気味悪い。目が慣れずに目を細める。やがて、目が慣れてきたので辺りを観察する。そこには、鉄格子が幾つもあり、鞭や針、鎖や拘束具以外にも拷問に使われそうな道具が保管されていた。イリスは怖ろしさに身を震わせた。鉄格子に視線を向けるが暗くてよく見えない。所々に赤黒い染みのような跡がある。恐怖を押し隠して鉄格子に近づき、誰かいないか確認しようと震える足を踏み出した。
「何をしている。」
「ッ!?」
突然、声を掛けられ、慌てて振り向いた。目の前に一人の男が立っていた。
―この人…。さっきの…、
先程、甲板で目にした黒髪の美貌の海賊だった。ひた、と冷ややかな瞳で見下ろされ、凍り付くような思いをした。
「見ない顔だな。新入りか?」
「は、はい…。」
頷くイリスの腕を突然、男は掴んだ。
「な、何を…?あっ…!」
服の袖を捲り、白い肌が露になる。
「は、放して下さい!」
手を振り払おうとするがびくともしない。目の前にいる男は背が高いとはいえ、線が細く、戦闘慣れしている様には見えない。けれど、やはり男なのかその力は強く振りほどけなかった。ギリ、と腕に力が籠められる。痛ッ!と顔を顰める。
「細い腕だな…。まるで女みたいだ。」
イリスは表情が固まった。まさか…、気付かれたのだろうか。動揺するイリスに彼は
「やはり、ないな。…この船の船員ならば体のどこかに我々の仲間である印が刻まれる。新入りであるならば体のどこかに印がある筈だ。」
イリスは顔色を悪くした。
「お前が本当に我々の仲間であるというのなら…、印を見せろ。」
「そ、それは…、」
イリスは男から目を逸らした。
「どうした?難しい事を言っている訳ではない。ただ印を見せるだけだ。…それとも、無理矢理服を脱がして確認して欲しいのか?」
びくりとイリスは震えた。どうしよう。どうしたらこの状況を切り抜けられるだろう。イリスは必死に考えた。
「あ、あの…、じ、実は僕…、昔事故で身体に酷い傷を負ってしまって…、人に見られたくないんです。」
イリスの言葉に男は黙った。
「…そうか。なら、仕方ないな。」
その言葉に分かってくれたのかとホッとしたイリスだったが男はグイッとイリスの手を引いた。え…?と戸惑う間もなく、そのまま彼は鉄格子の牢にイリスを連れて入ると、壁にある鎖のついた拘束具まで行き、壁にイリスを押し付けた。抵抗する間もなかった。ガチャリ、と無機質な金属製の音と冷たく重々しい感触にイリスは自分の手首を見つめた。そこには手錠がかけられていた。慌てて手錠から逃れようとするがガチャガチャと音がするだけでびくともしない。
「縄の方がお好みだったか?期待に沿えず悪かったな。」
男はイリスを見下ろした。イリスは怯えた。この目…、この青い瞳に見つめられると落ち着かない気持ちになる。まるでこちらを射抜くような眼差しに身体が支配されてしまいそうだ。
「な、何を…、は、外して下さい!」
「ああ。外してやろう。…こちらの用が終わればな。」
薄暗い中で口角を上げた男の表情に恐怖心が増した。声が出ない。
「酷い傷…、と言ったな。俺は医者だ。無論、船員ならば知っているのだろうが。安心しろ。醜い傷跡は見慣れている。だから、確認させて貰うぞ。」
「ッ…!」
イリスは男の手から逃げようとするが手錠で拘束された身ではそれは適わない。イリスが動くたびに鎖の音が牢の中に反響した。
「大人しくしていろ。すぐに終わる。」
「い、や…!」
「服が邪魔だな…。」
男はそのままイリスのシャツを手で引き裂いた。ボタンが弾け飛び、胸元が露になった。
「ヤッ…!」
身を捩って男の視線から逃れようとする。が、男はイリスの胸元を見つめ、晒しで巻かれた胸に
「やはり…。女だったのか。まあ、予想通りだな。」
そう言って、イリスを見下ろす男の表情は驚いた様子もない。始めから疑われていたのだ。イリスは女だと知られてしまい、焦った。
「ち、違います…!わたしは…、男です!」
「こんな状況でまだ白を切るのか?なら、これは何だ?」
「ッ…!」
男はイリスの晒しに指で触れる。そのまま晒しに手をかけ、破かれた。あられもない姿を異性に晒してしまい、イリスは羞恥と屈辱で顔が真っ赤になる。
「これでもまだ男だと言い張るのか?あんまり、強情だと…、こちらも力づくでお前の口を割らせるが?」
イリスの顎を掴み、囁くようにして言った。
「船長程ではないが俺も拷問は得意分野だ。特に女相手にはな。女の口を割らせる方法何て幾らでもある。」
イリスはカタカタと震えた。これから一体何をされるのかと恐怖で一杯だった。
「色々と方法はあるが…お前も試してやろうか?」
彼はそう言って、どこからか鋭利な刃物を取り出した。光が反射して男の冷淡で無機質な瞳が照らされる。イリスは目から涙が零れ落ちた。俯き、絞り出すように声を出した。
「わ、私は…、お、女です…。」
「やっと認めたのか。…それで?何故、お前のような女がここにいる?理由を聞かせて貰おうか。どうせ、碌な理由ではないだろうが。」
「それは…、」
言っていいものか分からず、イリスは瞳を揺らした。
「副船長に惚れこんでここまで追いかけてきたのか?それとも…、狙いは俺か?娼館で俺はお前を買ったことがあるのか?」
「な…!ち、違います!私は娼婦なんかじゃありません!」
イリスは娼婦どころか異性と付き合ったこともない色事には未経験の人間…、つまりは処女だ。必死に否定するイリスに男は興味なさそうに
「まあ、どちらでもいいが。…では、目的は金か?だとしたら、ターゲットを間違えたな。よりにもよって海賊に…、この船に忍び込むとは…、殺してくれと言ってくるようなものだぞ。それとも、本当に殺されたくてここまで来たのか?」
首に手を掛けられ、グッと力を籠められる。
「ち、違います…!私…、私は…!」
イリスは首を振り、
「では、話せ。お前が何者なのか。どこから来たのか。この船に乗った目的…、全てを。」
男にそう言われ、イリスはコクコクと頷いた。彼に逆らってはいけない。そんな気がしたからだ。
「わ、私は…、昔生き別れになった姉を捜しにここまで来たのです。姉に似た女性がここの船に乗っているのを見たと情報を聞いて…、それで…、」
「それでわざわざこの船に乗り込んだと?」
イリスはコクンと頷いた。男は目を細めた。そのままイリスの顎を掴むと、瞳を覗き込んだ。
「…?」
イリスは男の意図が分からず、困惑気に瞳を揺らした。鮮やかな青い瞳がイリスを見つめる。不意にイリスは未知の感覚に囚われた。頭がぼーとする。全身から力が抜けていく。ぼんやりとした意識でイリスは何も考えられなくなった。そのまま深い闇に引きずり込まれそうになるが…、不意にキイン、と甲高い音が頭の中に響いた。時を刻む音が頭に流れ込む。イリスははっと我に返った。目の前の男が瞠目した。
―あれ…?私…、今、何を…?
「お前…、一体何だ…?」
「え…?」
「ただの女じゃないな。」
イリスは言っている意味が分からずに男を見返した。すると、男はスッと手を翳した。次の瞬間、イリスは頭に激痛が走った。
―何、これ…!?頭が…、痛い!すごく痛い!
悲鳴を上げて、暴れるが鎖が空しく音を立てるだけだった。まるで頭の中に何かが侵入しようとしてくる不快感…。虫が這いずり回り、イリスを支配しようとするかのようだ。イリスは必死に抵抗した。汗が流れ出て、歯を食い縛るイリスに男は眉を顰めた。フッと強烈な感覚が消えてなくなる。イリスははあはあ、と荒い息を吐いてぐったりと身体から力が抜ける。一度に色んな事が起こりすぎてもうイリスは限界だった。緊張、恐怖、不安…。色んなものが極限まで達してしまい、張り詰めていた身体からフッと力が抜ける。イリスはそのまま気を失ってしまった。残されたのは気絶したイリスと青い瞳の海賊だけだった。
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