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ブラッディパンサー号の幹部
シリウスがイリスを連れて甲板に現れると、船員達はざわついた。イリスはどうしたのだろうかと思い、ちらりとシリウスを見上げた。
「よお。シリウス。そいつか?最近お前が雇ったっていう新入りは。」
シリウスに声を掛けた男は炎のように赤い髪をした美丈夫だった。頭に布を巻き、挑発的な表情からは血気盛んな印象を与える。シリウスよりも年下だろうか。年齢はイリスとそう変わらないように見える。姉と同じ赤い髪をした海賊をイリスは見た。すると、バッチリと視線が合った。会釈をするイリスを見て、彼はふうん、と目を細めた。
「何だ随分と細っこい餓鬼だな。こんなんでいざって時戦えるのかよ?」
「こいつはお前と同年代だぞ。それに、これは元々、世話係として雇っただけだ。」
端的に答えるシリウスに男はまたしてもイリスに目を向ける。そして、ニッと笑い、
「ふうん。まあ、いいや。俺はデリック。この船の幹部の一人だ。よろしくな。」
「は、初めまして!アランと言います!こちらこそ…、よろしくお願いします。」
幹部には気をつけろとの忠告を思い出し、イリスは深々と頭を下げた。本名を名乗る訳にはいかずに偽名を名乗るイリスを見て、デリックは面白そうに口角を上げ、
「アラン、か…。なあ、シリウスなんか捨てて俺に乗り換えないか?お前女みたいに可愛い顔しているし、お前なら大歓迎…、」
「…デリック。それはつまり、お前に頼まれた例の薬はいらないとそういう事だな?」
「ま、待て待て!ほんの冗談だって!そんな、ムキになるなよ。」
シリウスがそう言った瞬間、デリックは慌てて言い直し、自分の発言を撤回した。薬?イリスは首を傾げた。そういえば、シリウスの部屋には難しそうな本がたくさん置かれていた。医学書や解剖学、経済や地理、歴史書…。それに彼の部屋には見たことない道具や治療に使うような包帯や医療器具もあり、色んな種類の薬草があった。彼は自分を船医だといっていたし、医者は貴重な人材だから海賊船でも手厚く迎えられると聞いたことがある。だから、皆敬意を払っていたのだろうかとイリスは納得した。
「おーおー。シリウス。女と熱い夜を過ごしたかと思いきや今度はそっちの方面か?器用な男だなあ。おい。」
「野郎に食指が動く奴の気が知れないぜ。柔らかい肌と甘い香り…。やっぱり、女が一番だぜ。」
次に話しかけてきたのは二人の海賊だった。黒く刈り上げられた短髪に褐色の肌をした筋骨隆々とした大柄な男と黒ビロードの帽子を被った金髪碧眼の細身の男…。見た目も体格も対照的な二人が立っていた。
「そいつが手前のお気に入りかあ?」
大柄な男はこの中では誰よりも一番背が高い。自分の倍近い巨体に見下ろされ、その威圧感にイリスはびくりとした。眼光鋭い黒曜石の瞳に射竦められる。盛り上がった筋肉は太く、丸太のようだ。歴戦の戦士のように野性的な風貌もだが額から頬に走る傷跡が迫力を増している。背中に背負った身の丈ほどもある大剣…。あんな大きな刃渡りのありそうな剣を扱えるのだろうか?だとしたら、目の前の男は相当な腕力の持ち主だ。
「へえ…。男の癖に綺麗な顔してるな。まあ、俺程じゃないけど。」
金髪碧眼の男はイリスを見て、そう言った。ナルシスとな発言だが実際に彼はかなり容姿の整った美丈夫だった。華やかで気品さえも感じさせる美貌はまるで美の女神の化身の如く美しい。陽光に輝く金髪を靡かせ、真珠と羽根で飾りつけされた黒ビロードの帽子も華美な容姿の彼によく似合っていた。高貴で上品な顔立ちだがその言葉遣いや振る舞いは真逆でやや乱暴な印象を与える。
「その大きい男がジャミール。その派手な男がグレンだ。こいつらも幹部の一人だ。」
シリウスにそう言われ、イリスは慌てて頭を下げて挨拶をした。
「あ、あの…、初めまして。アランと言います。」
「あーあ…。残念…。手前が女だったら迷わず口説くんだけどなあ。」
「グレン…。お前はいい加減、その節操なしの所、どうにかしろよ。」
「はあ?手前だって人の事言えないだろうが。この前の港で気に入った女を勝手に船に乗せて面倒事起こしたのはどこの誰だよ。」
「何、言ってんだ。似たようなことお前だってしているだろうが。」
いがみ合う二人にイリスはおろおろした。
「放っておけ。あの二人はいつもああだからな。」
シリウスにそう言われ、イリスはいいのだろうか?と思いながらも彼に従った。
「その子が新しく雇ったっていう世話係?シリウス。」
―わ…。可愛い人…。
次に話しかけた海賊にイリスはそんな第一印象を抱いた。目の前の海賊は明らかに男だったが不思議とそう思ってしまう。幹部の中では一番背が低く、華奢な体つきをしている。茶色の艶やかな髪を伸ばし、後ろで一本に束ねた彼は装いも質素だ。彼の雰囲気がそうさせるのだろうか。青年というよりも少年といった印象を与える。シリウスや他の海賊達と比べると地味だが不思議と目が離せない。可憐で無邪気な微笑みと柔らかい雰囲気を纏う彼はまるで清らかな少女の様…。イリスは好感を抱いた。
「初めまして。僕はアロイス。」
「は、初めまして!アランです。あの、至らない点もあるかと思いますが…、よろしくお願いします!」
「シリウスは少し気難しくて扱いづらい所もあるかもしれないけど、困った時はいつでも相談してね。」
「あ、ありがとうございます…。」
優しそうな人で良かった。イリスはほっとした。できればシリウスみたいな怖い人ではなく、彼のような穏やかで優しそうな人が相手なら良かったのに…。イリスはそう思ってしまう。
「よろしくねー!」
にこりと微笑まれ、手を差し出される。握手を求められ、イリスも微笑み返してその手を握り返そうとした。しかし、シリウスは少年の手を払いのけ、イリスの肩を掴んで自分に引き寄せた。驚くイリスにシリウスは少年に冷ややかな眼差しを向け、
「俺の許可なく、勝手にこいつに触るな。」
「えー?」
驚いた様にアロイスは目を見開いた。
「へえ…。これはこれは…。」
デリックは面白そうに片眉を上げた。
「言っておくが…、こいつは俺専属の世話係だ。手は出すな。」
「ただ、挨拶をしようとしただけなのにー。それにしても、珍しい。余程、気に入ったんだね。」
アロイスは含んだ笑みを浮かべた。
「そんなんじゃない。」
「ふうん…。でもさあ…、気を付けた方がいいよ。君が気に入っても…、船長の許しがないと彼を傍には置けないんだから。ね?ミハイル。」
少年が背後に振り向きざまにそう言った。少年の視線を辿ると、見目麗しい美貌の青年がいた。黒衣に複雑な刺繍が施された白い帯、胸には十字架を下げている。まるで聖職者のようないで立ちだった。シリウスと同じように長い髪を背に流し、女と見紛う中性的な容姿をしている。長身の背と男特有の骨張った手がなければ本当に女性かと思ってしまいそうな容姿だ。まるで月の光を集めたかのような美しい銀髪に水色の瞳をした浮世離れした容姿をしている。じっと水色の瞳で見つめられ、イリスはドキッとした。
「そうですね…。まあ、船長の耳に入るのも時間の問題でしょう。私は…、ミハイル。この船の航海士と会計係を任されています。」
「は、初めまして!わ、私は…、アランと言います。よろしくお願いします!」
イリスはぺこりと頭を下げた。
「一つ忠告をしておきましょう。あなたも直に知る事にはなるでしょうが…、この船で船長の命令は絶対服従です。船長がこの船のルールを決めるといっても過言ではない。あの方は気まぐれで自由奔放、その日の気分で意見を真逆に変えてしまうこともある。くれぐれも…、船長の機嫌を損ねないように注意することです。」
「は、はい…。」
イリスはこくりと頷いた。そして、改めて紹介された幹部達を見渡す。
―アルマの言った通り…。確かに皆、顔が整った人達ばかりだ…。
チラリとシリウスを見上げる。彼も目立つ美貌の持ち主だ。そこら辺の女性よりも綺麗な容姿…。男なのに思わず手を伸ばしたくなるほどの艶やかで手触りよさそうな濡れ羽色の髪も透けるような白い肌も魅力的だが何より、サファイヤの如き青い瞳に目が奪われる。研ぎ澄まされた怜悧で繊細な美貌は神が作り出した最高傑作の芸術品の様だった。改めてイリスはそう思い、シリウス以外の幹部達を見た。それぞれタイプは違うが目を惹く美形ばかりだ。
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