地下室

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地下室

「お姉ちゃん、どうしたの?お腹空いてないの?」 イリスは姉と一緒に夕食の席でご飯を食べていた。が、目の前に座った姉は全く手をつけず考え込んでいる様子だった。イリスが心配そうに声を掛けると、姉はハッと顔を上げた。 「そ、そんな事ないわ。これ、すっごく美味しい。」 そう言って、姉は慌ててパクパクと食事を口に運んだ。イリスは何だか姉の様子がおかしいことに気づいていたが何となく聞けなかった。その夜、イリスは地下室に降りていた。ランプを手にして、階段を降りると、ずらりと本が敷き詰められた本棚がたくさん保管されていた。イリスは灯りを照らしながら目当ての本を探した。 「あ…、あった。けど…、」 目当ての本は見つかったが背が高くて届かない。本棚は高く、その本は一番上の棚にある。台を使ってもイリスの身長ではとても届かない。途方に暮れていると、 「イリス。どうしたの?」 「あ、お姉ちゃん。それが…、」 イリスが事情を話すと、姉は何だそんな事、と言い、スッと指を指し、小声で何かを呟いた。すると、本が一人でに動き、スーと空中を彷徨い、姉の手におさまった。姉は自然な動作でイリスに本を手渡す。 「はい。この本でいい?」 「お姉ちゃん、ありがとう!」 イリスは今の現象を特に驚くこともなく、にこにこと嬉しそうに本を受け取った。姉の不思議な力…。それは魔法によるものだった。姉、アンリエッタは生まれつき魔力があった。この世界で魔法は異端視され、忌避と恐怖の対象だった。数十年前に戦争があった時代は魔術師や魔導士、魔女等の魔力持ちの人間は重宝された。彼らは大きな戦力となったからだ。けれど、戦争が終わり、平和な治世が続くと彼らのような魔力持ちの人間は迫害されるようになった。普通の人間とは違う力…、あまりにも大きな力は権力者や国にとっては自らを脅かす存在として恐れられていた。次第に人々の間でも彼らの存在は危険視され、排除の対象となった。国によって、その価値観は違ってくるがイリスの住む村は閉鎖的な村で特に魔法に対して批判的な考えが根強く残っていた。その為、姉は生まれた頃から母にその力は隠すようにと強く言い聞かせていた。イリスも姉の秘密は知っていたがそれを家族以外には誰も言わなかった。姉は人前では魔法は見せなかったが母やイリスの前でだけは時々、魔法を使っていた。これも、その一つだった。 「お姉ちゃんの魔法は本当にすごいね!」 「…そんな事ないよ。…魔力があっても、本当に救いたい人を救えないんじゃ意味がない。」 「お姉ちゃん?」 イリスは不思議そうに姉を見つめた。何だか暗い表情だ。姉はハッと我に返ると、 「そ、それはそうと…、それ、古代語の本?…うわあ。相変わらず難しそうな文字と記号ばっかり。」 姉はイリスが手にした本を目にして顔を顰めた。 「イリスはよく読めるわね。こんな難しそうなの。」 姉は感心したように呟いた。今では廃れた古代語。その古代語の書物が何故かイリスの家には大量にあった。元々、母は古代語を解読する為にたくさんの古代語に関する書物を集めていた。これは、そのコレクションだった。そして、イリスは母と同じように古代語が読めていた。母みたいに古代語が読めるわけではないが簡単な文字なら解読が可能だ。 「何で急に古代語の本なんか?」 「うん。母さんがね。時計をくれたんだけど…、その時計に古代語の文字が彫られているの。」 イリスはそう言って、姉に懐中時計を見せた。 「その時計…。確か母さんが大事に持ってた…。」 「うん。母さんがあたしに持ってて欲しいって。」 「実は、あたしも…、」 姉はイリスに懐から取り出した黄金の短剣を出した。その短剣も時計と同様、母が大切に持っている宝物だった。 「あ…、これにも古代文字が彫られている。」 姉が手にしている短剣の鞘の部分に文字が彫られていた。イリスの懐中時計に彫られている文字と同じものだ。 「これ…、もしかして、同じもの?何で母さんはそれを別々に渡したんだろう?」 「分からない…。でも、母さんが言ってたの。これはそれぞれあたし達の…、」 アンリエッタはハッとして口を覆った。 「お姉ちゃん?」 「な、何でもない。ねえ、イリス。それより、この文字何て書いてあるか読める?」 「うーん…。小さくてよく見えない…。」 イリスは目を凝らしてみるが読めることはできなかった。 「そっか。まあ、難しいことは考えてもしょうがないよ。イリス。そろそろ、戻ろう。」 「うん。」 二人は手を繋いで階段を登る。地下室の扉を閉め、しっかりと鍵をかける。これも母から小さい頃から言いつけられていた習慣だった。古代語の書物は貴重な物なので大事に保管しなければならないらしい。 「イリス。」 「なあに?お姉ちゃん。」 「ごめんね。あたしの魔法が…、もし光魔法の属性があれば母さんを助けることができたかもしれないのに…、本当にごめん。」 「お姉ちゃん!そんな…、大丈夫だよ!母さんは絶対によくなるから!魔法なんかなくても大丈夫!」 イリスは自分を責めている姉をそう言って励ました。姉はイリスに目を合わせると言った。 「…待ってて。イリス。あたし…、絶対に母さんを治して見せるわ。だから…、大丈夫…。」 姉は決意に満ちた表情でそう言った。イリスは姉の言葉がよく分からないまま、戸惑い気味に頷いた。
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