海軍中将ライオネル

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海軍中将ライオネル

「これは…。」 街の惨状を目にして、ライオネルは目を見開いた。海賊襲撃の緊急要請を受け、すぐに駆け付けたが既に遅かったらしい。海賊達や海賊船の気配はなく、残されたのは蹂躙された街の姿だった。民家は焼かれ、焼き跡となった灰が残っている。道には住人らしき多数の人間が倒れ、そのほとんどが息絶えていた。 「中将。…まだ街には海賊がいるかもしれません。どうなさいますか?」 「とにかく、人命救助が先だ。生き残りや怪我人を捜すのだ。だが、十分に周りを警戒しろ。単独ではなく、複数で行動するんだ。」 「ハッ!」 上司の命令に敬礼する海軍達。 「これで何回目だ。海賊どもめ…。何て惨い真似を…、」 ライオネルは近くに倒れている死体に目をやる。幼子を庇うようにして亡くなった母子の姿に痛ましそうに顔を歪める。帽子をとり、死者への目礼をする。海軍中将であるライオネルは海賊討伐の命を受け、ここに来た。今までも多くの海賊船を討伐したが中には狡猾な海賊もいる。後、一歩という所で逃げおおせる海賊もいるのだ。彼らは海軍が駆け付ける前に奪うだけ奪って逃げていくのだ。海賊を取り逃がす度に民が傷つけられると思うとやり切れない思いを抱く。せめて、生き残った者だけでも手厚く保護をしなければ…。 「そうか。一人も…、いないのか。」 「はい…。微かに息がある者もいましたが…、皆酷い傷で…、とても助かる状態では…、」 ライオネルは部下の報告に深く息を吐いた。死体の回収とその後処理をするように命じた。彼も部下と一緒に街をくまなく、見て回った。食料や家畜、金目の物は全て奪われていた。ふと、彼は光に反射して煌く何かを見つけた。死体の山に積まれた中に何かがあった。 「中将?どうなさいましたか?」 「いや。今、何か光ったような…、」 ライオネルはそれに近づいた。死者の腐った異臭が鼻につく。部下達はう、と鼻と口を手で覆った。死体の中にはぱっくりと切られた傷口から臓器が飛び出ていたものもある。目を覆うような光景だった。ライオネルはその死体に手を伸ばした。一つ一つの遺体を労わるように地面に下ろし、並べていく。その一番下にいた小さな体が小刻みに震えていた。 「まさか…、生きているのか!?」 ライオネルが慌ててその体に触れた。すると、びくっとして小さな体は這って逃げようとした。 「ま、待ちなさい!安心しなさい。我々は海軍だ。君たちを助けに来たんだ。私は君の味方だ。」 俯いていた顔がゆっくりと彼を見上げる。 「お、女の子…?」 後ろで部下達が驚いた様に目を見開いた。赤銅色の髪を持つ少女だった。首元には懐中時計が下げられている。愛らしい顔立ちをしているがその表情は恐怖で怯えていた。ガタガタと震えて榛色の瞳からは涙が止め処なく流れている。 「気の毒に…。怖い目に遭ったんだね。」 ライオネルが労わるように少女に目線を合わせる。 「わたしは、ライオネル。君の名前は?」 「…い、イリス…。」 「イリス。虹の女神の名前か。素敵な名前だ。…イリス。君の家族はその…、どこに…?」 すると、イリスはぽろぽろとまた泣き出した。わああ!と声を上げてライオネルにしがみつくと、 「お姉ちゃんが…、お姉ちゃんが…!海賊に捕まっちゃった…!」 「…!」 ライオネルは息を呑んだ。 「お姉ちゃん…。あたしを…、逃がそうとして…、それで…!」 ヒック、ヒックと嗚咽を洩らすイリス。海賊が女を攫うことはよくある話だ。そして、攫われた女達の末路は悲惨なものだ。奴隷として売り飛ばされるか海賊達の慰み者にされるか…。最悪の場合は殺される。どちらにしても、地獄でしかない。しかも、一度攫われた女性を見つけ出し、助け出すのは至難の業だ。何せ海賊は一か所には集わない。この大海原を次から次へと方角を変えて移動する。その足取りを掴むのは困難だ。運よく海賊船を見つけた所でその女性がそこにいるとは限らないのだ。ライオネルは凌辱された女の死体を見た。まだ、死体があるだけあの女性の方がマシなのかもしれない。海賊に攫われた女性は生きているのか死んでいるかも分からず、その遺体さえ目にすることもできずに葬式をあげて埋葬することも叶わないのだから。つまり、この少女の姉の生存は絶望的といっていい状況だった。しかし、この幼い少女にそれを告げることはできなかった。それは固唾を飲み込んで見守る部下達も同じ気持ちなのだろう。お互い目を見合わせる。 「イリス。…とにかく、我々と一緒に行こう。ここにいては、危険だからね。」 そう言って、少女を保護することしかできなかった。
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