母の余命

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母の余命

「母さん。ただいま。」 「ただいまー!」 姉と二人で家に帰り、ベッドの上にいる母の元に駆けつけた。 「二人共、お帰り。」 「母さん、身体の調子は大丈夫?」 「大丈夫よ。イリス。ありがとう。」 母はイリスの頭を優しく撫でた。 「今日ね、お姉ちゃんと一緒に薬草を摘んできたの。それから、キノコや山菜も。これで栄養たっぷりのスープを作るから!」 母に一生懸命イリスは話しかけた。そんなイリスを母は穏やかな笑顔を向ける。イリスの母はイリスが物心ついた頃から身体が弱かった。医者のみたてによると、元々、子供を産める程母の身体は丈夫ではないのだという。それでも、母はイリスとアンリエッタを産んだ。しかし、そのせいでただでさえ身体の弱かった母は二人も娘を出産したせいで大きく身体に負担がかかってしまった。今ではほとんどベッドで寝たきりの生活を送っているのだった。 「イリス。先生が診察に来たみたいよ。」 「はーい。」 アンリエッタに促され、イリスは母の寝室から出て行く。アンリエッタが母に付き添っている間、イリスは夕食の準備にとりかかった。身体が弱く、家事をこなせない母の仕事は姉妹二人の役目だった。小さいながらもイリスも姉と一緒に協力して家事を率先して手伝う娘だった。母に早く良くなってほしい。その為に栄養のあるスープを作って食べてもらいたい。そう思いながらイリスは料理をした。幼いイリスは知らなかった。母の身体はもう限界が近付いていることに。もう手の施しようがない所まで母の身体が弱り切っていることに。いつか母は元気になるのだと信じていた。 「先生…。」 アンリエッタは不安げな顔を隠せない表情で医者に問いかけた。医者は深刻そうな顔で首を振り、 「アンリエッタ。申し訳ないが…、君の母親はもって後、数年の命だ。」 「え…、」 愕然と目を見開くアンリエッタに医者は肩に手を置いた。 「もう…、これ以上の治療は難しいんだ。これ以上すると、君の母親の身体が持たない。治療をすれば逆に体に負担がかかってそれこそ、危険な状態になる。それに…、治療をするにも高額な費用がかかるんだ。もう…、蓄えも残り少ないんだろう?」 「…!」 アンリエッタは唇を噛み締めて俯いた。彼の言う通りだったからだ。 「…フィーナさんも自分の身体の事はよく分かっている。彼女も…、これ以上の治療は望んでいない。」 「母さんが…、それじゃあ…、」 「辛いかもしれないが…、気をしっかりと持つんだよ。母親との時間を大切にしなさい。」 そう言って、医者は帽子を被り、帰り支度を整えた。 「でも…、まだイリスにはこの事実は伏せておいたほうがいい。」 「そう…、ですね。」 イリスが知ればショックだろう。あの子が知るにはあまりにも残酷な話だ。アンリエッタは青白い顔で頷いた。 「また、何かあったらいつでも相談しに来なさい。」 「…ありがとうございます。先生。」 アンリエッタは頭を下げて医者を見送った。バタン、と扉が閉まった。アンリエッタは扉に凭れた。ギリッ、と歯を食い縛り、わなわなと拳を震わせる。ガンッ!と音を立てて壁を殴りつけた。 「私に…、私にもっと力があれば…!」 そうすれば、母を救えるのに…。アンリエッタはそう言って、静かに涙を流した。
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