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ウサギ頭と初恋症候群
「じゃーんけーん……」
誰も居なくなった教室に気の抜けた声が響く。
「ぽん!」
手を出した私は思いっきり顔を顰めた。
パー、パー、そしてグー。
「はい、柚里の負けー。ってことで約束通りさっさと行ってきんさいね」
左右に揺れながら心底楽しそうににやあっと笑うのは、高い位置で結わえたポニーテールが印象的な方言女子の紗季。親の仕事の都合で高校に入る時に遠方から引っ越してきたそうだ。さっぱりとした振る舞いとボーイッシュな見た目とは裏腹に大の噂好きである。
「もっ、もう一回!」
「だーめ」
「……」
自分が出した握りこぶしを見つめ、ぶんぶんと激しく首を振る。
「ちょっとまって、だから私は興味無いってば!」
「でもでもー、確か柚里ちゃんには初恋の王子様がいるんだよねぇ?」
緩く巻かれた髪を弄びながら首を傾げるのは愛花。ふわふわと可愛らしく微笑むが、その目は私をバカにするように細められている。初対面ならその柔らかな物腰に騙されるだろうけれど、付き合いが長くなってくれば猫被りも通用しない。
「ていうか柚里ちゃん、その初恋の王子様ってそもそも実在するの?」
「強くてかっこいいんよーって、それは聞かされてはおるけど、よーわからんよね」
こんな底意地の悪い友人たちにぺらぺらと喋ってしまった過去の自分が恨めしい。
「いるって言ってんじゃん! 王子様とは言ってないけど……」
「えー、でも本当はいないから行くの嫌がってるんじゃないのー?」
「たしかにね」
「ぐっ……」
仕方ない、とため息をついた。
彼の威信にかけて――彼のことを私しか知らないにしろ――言われっ放しでは終わるわけにはいかない。
「わっ、わかりましたよ! 行ってくればいいんでしょ、行ってくれば!」
諦め悪く2人にもう一度視線を送ってみたけれど、早く行けと手を振られてしまった。
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