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旧校舎の2階、化学準備室に水曜日の放課後だけ現れるという――『恋愛請負人』。
その人物の手にかかれば叶わない恋などないのだという。
そんな噂を仕入れてきたのは紗季だ。1年の時仲の良かった3人で2年もたまたま同じクラスになったのだけれど、相変わらず毎度噂の検証を何だかんだと自分にさせるのをやめて欲しい。
2人は慌てふためいて騒ぎ倒す私を見て楽しみたいだけなのだ。ついこの間の学校の七不思議の一件もそうだった。何も起こらないのは面白くないからと仮装した2人が驚かせてきて、結局ただの肝試しになった。毎回多少の違いはあってもそんな感じで、大抵の場合、紗季は眉唾物とわかっていて話を持ってくる。
どうせ今回もそうに決まっている。恋愛請負人なんて、そんなふざけた人がいるはずない。
目的地に辿り着いたはいいけれど入りたくなくて足踏みする。化学準備室、と書かれたプレートが斜めに傾いているのが少し気になって手を伸ばすが届かない。
「も、うちょっと……」
ぐぐっと背伸びをするとほんの少し指先に触れる。やった、と声を漏らした時、どこからか伸びてきた違う手が簡単にプレートを押した。小指の際にあるほくろがやけに印象に残った。
「どうせ直してもすぐ戻るよ。ボロいし」
言葉の通り、かたんと小さな音を立ててプレートがまた傾く。
「ほらね」
くぐもった声がすぐ後ろから聞こえていることに気がついて、ぎこちなく首を回す。
すぐ目の前に学ランの金色のボタンが真っ直ぐ並んでいる。寄り目でそれを辿って視線を上げると、薄汚れたウサギがこちらを見下ろしていた。
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