任務1

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任務1

るうらの父はSの創設者で、事実上のナイトの王であった。 強く、冷徹な父を慕っている兵士は多いが るうらは父に対しての尊敬の意が微塵もなかった。 自分から会うといったものの、やはり憂鬱だ。急いで支度をして馬にまたがる。 馬の乗り方もお兄ちゃんに教わったのに... 拓也の馬の赤兎馬。 かつて最強といわれた呂布奉先の馬からとったらしい。 るうらは開けた草原を馬に揺られて進んでいた。 サワサワと頬を抜けていく風が心地よい。 上を見上げると、なんの曇りもない真っ青な青空が広がっていた。 すぅっ、と一息吸い込むと  幼い頃の記憶が頭のなかにふわりと入ってきた。 霞がかかったような曖昧な記憶。 父がナイトを立ち上げたばかりの頃。 村から少し外れたこじんまりした家で拓也とるうらは父の帰りを待っていた。 本当は待っていたくないのだが、父が不機嫌になるので仕方なくだった。 薄暗い居間の天井から、一定のリズムで垂れる雨の雫。ボロボロの家だからだ。 ピチャン ピチャン 雫が曇ったコップに落ちるたび、水面が波打つ。 コップの水面に映った電球が歪む。 それはまるで、るうらの心境のように。 父に会えるのは嫌じゃない。 だが娘には興味を示さず、優秀な拓也ばかり優先する態度に不満があった。 冷徹で瞳に感情を持ち合わせていないような父が唯一大切にする人が拓也だった。 戦闘能力もあり、赤坂家を継ぐ拓也。 まだ幼く、赤坂家を継げないるうら。 父はもちろん拓也を優先した。 るうらが父に対して複雑な考えを抱いていたことに気づいている拓也は、 父の分まで、何かと忙しい母の分まで、るうらに愛情を与えた。 カッチャン ドアが開いた音に会わせて ふぅ、と息を吐く。 「お父さんっ!お帰りなさいっ!」 父を見上げてハリボテの笑顔で迎える。 私の大嫌いな瞳がギョロリとこちらを向く。 まだ六歳のるうらが感情を偽ることを覚えたのも父のせいだった。 「あぁ。」 喜びを取り繕おうともしない父は、すでに拓也の方を向いていた。 「父上、お帰りなさい。」 拓也もぺこりと頭をさげる。 「母上はどこに?」 いつもは夫婦で一緒に帰ってくるのだが、今日はいない。 まだ幼い拓也とるうらが不安げに見つめる。 父の瞳に殺意がキラリと光り、鳥肌がたったのを覚えている。 「母さんはな、死んだ。」 「え...」 「母さんなんていなくても生きていけるだろう。」 唖然としたるうらを拓也が優しく撫でる。 そんな拓也の手も震えていた。 父の刺さるような低い声を聞くだけで壊れてしまいそうだった。 「それと拓也。」 「お前はこれから寮に入ってもらう。」 「...どこのですか」 「どこでもいいだろう」 「るうらは...るうらはどうするのですか?」 「るうらは一人でいてもらう。」 「まだ六歳ですよ!?一人など!」 「うるさいっ!」 バチィン、と強烈な音が聞こえて耳から離れない。 余韻が耳に残る。 赤くなった頬を押さえる拓也はキッと父を睨んでいた。 るうらには絶対に向けない、殺意がこもった視線。 「お前はもう12歳だろう、拓也。」 しばらく考え込んでいた拓也がふと顔をあげる。 「わかりました。寮に行きます。」 「お兄ちゃんっ!!!」 悲しみにくれる るうらには見向きもせず、 父はきっぱりと言葉を言い放った。 「ものわかりがいいな。準備しろ。」 「今からですか?」 「何事もはやいほうが良いだろう。」 「少しだけ...るうらと二人にさせてもらえませんか...?」 「手短にな。」 背後でバタンと音がする。 るうらは恐る恐る言った。 「お兄ちゃん...るうら、一人になるの...?」 指先が震え、力が入らない。 全身に血が通わなくなってしまったかのように。 「るうら...」 目を細め、いとおしそうに撫でる拓也をじっと見つめた。 「俺はな、強くなって帰ってくる。強くなって、お父さんを殺す。」 「嫌だっ! 行かないで!」 拓也の腹をポカポカ殴る。 目が熱くなる。拓也の服にじわっと涙が広がっていく。 拓也は目にうっすら涙を浮かべ、笑顔で言った。 「大丈夫だ、るうら。俺は強い。必ず帰ってくるさ。」 兄は泣いてはいけない。るうらを不安にさせてはいけない。 「嘘だ嘘だっ!!」 「ホントさ。約束の印だよ。」  そういって、るうらに握らせたのは 父が拓也にと贈った金色に光るネックレスだった。 るうらが泣き止むまで、拓也は歌を歌ってくれた。 るうらが泣き止んだ理由は、拓也に迷惑をかけたくないという思いからだった。 必死に食い縛り、涙をこらえた。 「そろそろ行くぞ。拓也。」 「はい。」 さっさと準備をして じゃあね、と行ってしまう。 馬に乗って遠ざかる兄が涙でにじむ。 「おにぃぢゃあ"あ"あ"あ"ん!!」 精一杯叫んだ。 離れないで。行かないで。 複雑な気持ちを声にのせて。 「るうらさん...るうらさん?」 はっと気づいたときには開けた草原などなく、ナイトの中心Sについていた。 寒い。 日本北部にあるナイトはシークの襲撃に備え、本拠地を北海道の、更に北にかまえている。 無駄に金があしらわれた宮殿は見るだけで目がいたくなる。 このためのお金を民のために使おう、とは思わないのか。 中の装飾も金色でよくもまぁと呆れる。 やがて 『総長室』 について、扉のまえで深呼吸する。 コンコン。 「誰だね。」 扉越しに聞こえる濁った声に、鋭さを感じる。 「るうらです。用があって来ました。」 「るうら?あぁ、入れ。」 娘の名前も忘れたか。 「失礼します。」 ガチャリと扉を開けた瞬間、鼻につんと匂いがくる。 どうやら香水を使っているようだった。 甘ったるい匂い。それに煙の匂いも混ざっている。 正面の机で煙草を吸っている父に向かって、 冷静に、諭すように声をかける。 「総長、兄の拓也が亡くなったことはご存知ですか。」 くっ、と顔をしかめ 眉を吊り上げる父を見て、 やはり兄は大切にされていたんだと痛感する。 「耳には入ってきている。」 「では、兄を死に導いたのは誰だかご存知ですか。」 視線を下に落とし、無言になる様子を見て無性に腹が立った。 これが老いなのか? 机を両手でバン、と叩き目覚めさせるようなハキハキとした声で怒鳴った。 「兄はシークの連中に殺されたのです!父上っ! 戦の最前線で剣を振るってきた兄は... 傍若無人なシークの連中に殺された。 私は憎い...。ただ1人私に愛情を注いでくれた兄を...殺したヤツを私は絶対に許さないっっ! 父上はどう思いますか。兄が死んでも悲しくないのですか!」 ボロボロと溢れ出る涙を止めることは出来なかった。 兄との思い出が浮かんでは消え、 悲しみが募る。 「やめないかっ!! ここで何を言っても拓也は帰ってこないのだっ!」 父もぼろぼろと涙をこぼし、手で拭っている。 「俺は...拓也を失いたくなかった...」 父の顔に浮かんだシワとシミが年月の重さを感じさせる。 あの冷徹な父が今ここで涙を流している。 るうらは、自分が感情的にならないよう、一呼吸してから話を続けた。 「父上。悔しいですか?」 「悔しいに決まっているだろう...」 真っ直ぐな瞳には父親としての威厳、ナイトの中心としてのプライドが光る。 その光を見失わないよう、口を開いた。 「私に...シークのスパイをやらせてください。」
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