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◇
「全く、本当に望むものほど、思い通りにはならないものだな。影、いるかい?」
叶が、誰もいなくなった保健室で言葉を漏らすと、いつからそこにいたのか一人の女子生徒が側に立っていた。彼女は、じっと叶のことを見つめながら言葉を待つ。
「ファンクラブの件、仕上げを頼むよ。彼が体まで張ってくれたんだ。絶対失敗しないようにね」
「御意」
次の瞬間には、彼女の姿は消えていた。
叶は保健室の窓から、肩を落とし歩く寄の姿を捉える。勝者である筈のその後ろ姿は、どこまでも敗者にしか見えなかった。
彼はどこにでもいる普通の少年だ。そこそこに勉強ができて、平均よりも少しだけ運動が得意。欲求に素直で、苦労することを嫌う。ひねくれものだけど、優しい子。
彼になにか特別なものがあるとするならば、それは天才と呼ばれる彼女の隣に普通に居続けられることだろう。
その姿は健気で、一生懸命で、愛らしい。
寄の背中に向かって微笑みながら、叶はそっと呟いた。
「さて、次はどんな意地悪をしようかな」
自分の心がわくわくしていることを、叶は理解していた。これまで生きてきた人生の中で見たことのない、面白い生き方をしている少年。彼を見る彼女の目は、玩具を与えられた幼子のようにキラキラと澄んでいた。
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