side N 女に刺されるタイプの男

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side N 女に刺されるタイプの男

県営武道館から徒歩十分弱の某ファミリーレストランにて、私たちは一息ついた。ドリンクバーと適当な料理を注文したところで本題に入った。  暗過ぎず明る過ぎないランプをモチーフにした照明はメモを取るのに丁度いい。  「まず部員数を教えてもらえますか?」 楠橋君は手を止め、何かを考えているようだった。 私は何かおかしなことを言っただろうか。いや、部活動紹介で部員数を尋ねるのは定番だ。大体が、部員数、その部活のスローガン、公式戦での成績。そして部長からの一言で締めだろう。  「タメでよくない?俺ら同級生だし」 ああなるほど、と私は思う。 少なからず、取材に遅刻した申し訳なさやら何やらで私はここに着くまでの道での会話は敬語だった。呼び方も君付けだった。 私も敬語が好きな方ではないから、敬語でなくてかまわないと言われれば喜んでそうさせてもらおう。  「分かった。で、部員数は?」 話し方男っぽいな、と言いながら楠橋は笑った。私は質問に答えろ、とせかしてみた。  「一年生三人、二年生八人、三年生五人。」  続けて、部のスローガンを訊き、メモ帳に百練自得と記入する。自然と身に付くまで何度でもやるのは大事なことだよね、でも面倒臭いよね、と思いながら。  「あとは部長からの一言なんだけど、部長から何か言われてない?」  「メモ預かってる」  「部長準備いいな」 どれどれ、四つ折の紙を開いて私は肩を落とした。 長い。部長、一言に気合いを入れすぎだ。 それは、私たちは顧問の戸右先生、村山先生のご指導の下日々稽古に励んでいます、で始まり、部長の部活への熱い想いや去年一年間の公式戦の成績などがA4のコピー用紙の一面にびっしりと書き綴られていた。 一言じゃないじゃん。  正直、どこを省略すればいいのか見当もつかないため、家に持ち帰らせていただくことにした。  「ありがとう、とりあえず取材は終了です」  付き合ってくれてありがとう、と頭を下げると楠橋は気にすんなと言いながら、先程運ばれてきた自分の手元の料理に手を伸ばした。  私も自分のコップに手を伸ばす。  「高校生活には慣れた?」  「なんとか。することなくて暇だよ」 暇って素晴らしいんだぞ、と運動部様を前に胸を張った。ぼんやり空や周りの景色を眺めたり、教室で友達が来るのを待ったり。  さっきからちょくちょくと思っていたが、楠橋は自分が変顔をしているという自覚はあるのだろうか。今だって悪く言えば顔面崩壊もいいところだ。目は見開かれているし、口も開いてる。常時目力が強いのはもう諦めよう。  楠橋は数秒その独特な変顔を続けた後、人を憐れむような顔でこちらを見てきた。  「何か?」  私は少し低めの声で楠橋に問いかけた。 こういうことは女子にはしない。こちらは冗談でやっているのだが、だいたいおびえられて、ごめんなさいしか言ってもらえないからだ。  楠橋は人を小馬鹿にするかのように笑い、一呼吸置いてから告げた。  「彼氏いないし暇なんやなって。いって!」 私は言われた瞬間、机の下で楠橋の足を蹴った。右足か左足か知らないが、とりあえず二、三回蹴っておいた。  「デリカシーって言葉知ってる?殺すぞ」  「すみませんでした」  楠橋は従順に謝ったが、私だって彼氏がいたら今頃こんな取材になんか行かずきっとそっちに行っている。彼氏と放課後デートを満喫しているに決まっている。  そこでふと気づいた。このデリカシーのない男はどうなんだろう。今のところ、女子が生理的に嫌うようなところは発見していない。見た目も性格も中の上か上の下くらいだ。彼女持ちか、少なくとも過去に何人かはいただろう。  「楠橋は?」  好奇心から訊いてみた。今思えば、あそこで変な好奇心を出さなければよかった。そうすれば、私はこのクズ橋君とそれほど関わることもなくなっていただろう。  「俺?」  「彼女とかいるの?」  楠橋は首を傾げ、眉を顰めた。  「いや、おらんよ」  意外だった。私は、なかなかの優良物件だと思うのに。まあ、デリカシーはないが。  「昔いたとかは?」  「それもない」  楠橋は、告白されたことは何回かあるけどな、と続けた。  理解できなかった。私は告白されたら、よほどその相手のことを嫌いではない限り、とりあえず付き合ってみる。付き合ってから好きになるなんてよくあることだし、何より彼氏持ちっていいじゃないか。  「何で付き合わなかったの?」  この時、私は俄然楠橋良基という男に興味を持ち始めいていた。  まあ、楠橋が次に発した言葉で、すぐにそんな思いは消えたが。  「俺、恋愛感情がよく分からんくてさ」  これを言ったのが可愛らしい女子中学生だったら、私もピュアで可愛いなとか思っただろう。申し訳ないが、いかつい男子高校生に言われても私は全くときめかない。  どうすればいいと思う?と訊かれて、私はつい死ねば?と素直に返してしまった。  「お前、ひどくね?」  いやいや、死ねばいいと思う。お前は告白してきた女子に「俺、恋愛感情が分からないから」とでも言って振っていたのか。その告白してくれた女子かその友達に刺されればいい。私がその友達なら刺してやる。  このクズを問い詰めてやろうと私が発した声は別の声にかき消された。  「すみません、お客様。今日はメンテナンスのため、そろそろ閉店となりますので」  どこかで聞いたことのある声だと思い。顔を上げると、そこにいた店員は中学時代の友人の竹原千葉瑠だった。  お世辞にもコミュニケーション能力が高いとは言えない千葉瑠がなぜ接客業なんかをやっているのか。  面白半分に「あ、そうなんですか?」と他人行儀に尋ねてみると、「そうなんですよ、申し訳ありません。」と見事な営業スマイルで躱された。 千葉瑠の素の性格を知っている私にとって、そのマニュアル通りの対応は鳥肌ものだった。後で、紅に報告しなければ。 千葉瑠は小さな紙切れを私の目の前に置いて、レジカウンターの方へ戻っていった。  『店閉め終わったら、すぐ行くから待ってて。アバズレ』  旧友の心配しているのか馬鹿にしているのか分からないメモを前に私は顔を引きつらせた。  別に私は知らない男について行ったりしていない。後で、お前は私の高校の交友関係なんて知らないだろうと文句を言ってやろう。  楠橋に知り合いかと訊かれたので、中学の時の友人だと答えた。  楠橋様にお支払いをしていただき、店を出て、会話の途中でお開きになってしまったので続きはLINEで、と連絡先を交換して、楠橋は帰宅。私は店の前で、わがままで寂しがり屋の旧友を待つことにした。  千葉瑠は思ったより早く業務用出入口から出て来た。聞けば、先輩に後始末を押し付けてきたという。それで大丈夫なのか、新人。千葉瑠は乾いた笑いしか返してくれなかった。  二人で帰路をゆっくりと歩いた。家の近くとは違う、アスファルトで舗装された歩道を。  県営武道館の辺りでは見ることは勿論感じることさえ出来た月やその青白い光は、この辺りでは人工的な灯りのせいで面影もない。  この時間の駅前の大通りは学生よりも酔いの回った大人の方が多い。下手にぶつかったりすると後々面倒だ。  「何でバイトなんかしてるの?」  人間関係を面倒臭がり、物欲も無い千葉瑠がなぜアルバイトをしているのか。思い当たる節もあるのだが、それではないことを願った。  「……親孝行でもしてやろうかと思ってさ」  千葉瑠は苦虫を噛み潰した様な表情だった。  千葉瑠の両親が経営している酒屋の経営状態が順風満帆ではないことは、紅伝いに耳に入っていた。しかし、時代が時代だからそこまで重く考えていなかった。いや、そこまで重く考えたくなかった。あの、自分が良ければそれで良い思考の千葉瑠が家の為に稼ぐ程だとは思っていなかったのだ。  当たって欲しくなかった予感が的中し、私は無神経過ぎたと謝った。  千葉瑠はぶっきらぼうに「気にすんな」と返し、早々に話題を切り替えた。  「そういや、さっきの男、あいつに似てたな」  「あいつが?」  千葉瑠は静かに頷いた。  「誰か似てる人いたっけ?」  正直、楠橋が知り合いの誰かに似ているとは思わなかった。第一、そう思える程長い時間を一緒に過ごした訳でもない。しかし、それなら千葉瑠は先程横目に見た程度だろう。  「なぎが中学で付き合ってた奴に似てた。目元と雰囲気が」  「木下君はあんなクズじゃないよ」  楠橋からの『今日は話せて楽しかったわ』という新着メッセージを横目に、私は千葉瑠に反論した。  バスケットボールのスポーツ推薦で有名私立に進学した将来有望な才能人とあんなデリカシーの無い男を一緒にしないでもらいたい。  千葉瑠が急に立ち止まったので、私もつられて立ち止まった。大通りのど真ん中で、千葉瑠は少し下に位置するであろう私の目を真っ直ぐに見つめて言った。  「木下こそクズだろ。何回もなぎを泣かせて、なぎが一番大変だった時に捨てたんだから」  私は何も言えなかった。  千葉瑠のいう一番大変だった時、私は恋愛絡みの悩み等で珍しく紅や千葉瑠に毎日の様に泣きついていた。 だから、その二人が当時の恋人であった木下君に良い印象を持っていないのは仕方が無いことだ。その頃の悩みは恋愛沙汰だけではないが、その事を二人は知らないから尚更だろう。  千葉瑠は自分の考えをそう簡単に変えてくれない。自分に害を成す存在や一度でも嫌悪感を抱いた存在は、一生千葉瑠にとって嫌いなもので終わってしまう。そんなふうに視野が狭いためか千葉瑠は狭く深い人間関係を好み、一度心を開いたものにはとことん懐く。  私が一番大変だった時。 日によっては思い出すだけで泣きたくなることもある。いつも結局泣けなくて寝てしまうけど。 けれど、今日の様に千葉瑠といる日だと、私は千葉瑠にとって大切な存在なのだと嫌でも実感してしまう。千葉瑠のひねくれた態度や素気無い口調、私より一回り大きな全身から。  「千葉瑠はほんと、私のこと好きだね」と言って、私はついにやけてしまった。  千葉瑠はそんな私を見て、喧嘩腰に顔を覗き込んできた。  そんな千葉瑠の照れ隠しが可笑しく、私は「そろそろ動かないと迷惑がられるよ」と千葉瑠の背中を押した。
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