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side N 恋愛感情が曖昧なのはお互い様
日が暮れて、紅の家からの帰り道で。私は千葉瑠にどうして特定の誰かに執着できるのか尋ねた。
千葉瑠は、暗くなったせいで海と空の区別が付きにくい地平線を横目に言った。
「俺、最初は紅のこともなぎのことも別に好きじゃなかった。一緒にいる人がいなかったから一緒にいただけ。俺は好きな人と一緒にいるんじゃない。ずっと一緒にいるからどうしようもなくその人のことが好きになって、離れられなくなるんだ」
「なぎの参考にはなんないだろ」と、千葉瑠は付け足した。
私に告白してきた人は千葉瑠とは違った。好きだから一緒にいたいって言っていた。私のことを独占したいからだの、もっと私と一緒にいたいからだの言って告白してきた。
その後は、夕飯を食べている時も風呂に入っている時も紅と千葉瑠の言葉が頭にこびりついて離れなかった。
――楠橋ってどんな子?
――ずっと一緒にいるからどうしようもなくその人のことが好きになって、離れられなくなるんだ
意味も無く楠橋とのLINEを遡った。
『どうせならひとりで山にこもって死にたい笑』
『いきなりどうした笑』
『なんとなくや』
『なんとなくでそういう内容のこと言うな笑』
『おう笑』
――そういえばこの時は眠たくて適当に返したけれど、今見るとなかなか危ないこと言ってるよな。大丈夫かなこいつ
『何だかんだ学校では会ったことないよね』
――私が最近楠橋のことをよく考えているのはあいつが私には思いつかないようなことを言う変なやつだからだろうか
『俺は的野が友達といるの見たけどな』
――学校内でまだ会ったことが無いという事実に少しがっかりしている自分がいるのはどうしてだろう
このあたりで私は違和感を覚えた。私はこんなに他人のことで頭を悩ませる人間じゃない。私らしくない。
それと同時に、昼間、紅が言いたかったであろうことを察してしまった気がした。
ワンコールで電話に出た紅に苦笑しながら私は話し始めた。
「最初は楠橋のこと、ただの阿呆な男なんだと思ってた。髪型と眉毛はイワトビペンギンだし、基本的に幸せ脳だし。この歳で恋愛を知らないポンコツだし。でもそれ以外は割と良いやつで。だけど、たまにすごい危なっかしくて、情緒不安定みたいになってるんだよ。本人は無自覚かもしれないし冗談のつもりかもしれないけど、なんかほっとけなくて……どっかの漫画のヒロインみたいに、あんな厳ついやつなのに私が守ってあげないとって思った。柄でも無いけど、私があいつが怖がる何かからあいつを守ってあげないととは前から思っていたんだ。別に束縛したいとかは思ったことないんだけど。ねえ、紅。例えばさ、晴れた日の朝がなんとなく気持ちいいのとか寒い日に息が白くなるのとかみたいに、その人のことを好きだって思うのに確信できるものがあればいいのにね。自分のことなのに自分でも気づけなくて、気がついたらどうしようも無く好きになっていました。なんて気持ち悪いよ。まだあいつのこと好きなんて確信持って言えないよ」
私が長々と話した後、紅は電話越しに言った。
「人によって捉え方は違うものだし、だから恋は理屈じゃないなんて言うんじゃない?」
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