side E むかしのはなし

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side E むかしのはなし

私がまだ真面目で高校受験の勉強を始めた頃、ある剣道の試合を見に行った。 スポーツと縁のなかった私は剣道のことなんかさっぱりで、そのタイトルさえ覚えていない。 そんな私がどうしてそこにいたのかというと良基に誘われたからだ。 私は今も昔も単純で、良基がいれば幸せで良基がいなければ不安で仕方なかった。 私のお母さんと良基のお父さんの仲が良かったこともあって私と良基は小さい頃から一緒だった。 良基のお母さんが亡くなってからは良基が私の家に来ない日の方が少なかった。中学生の頃の良基はお父さんと仲が悪く、よく家出と称して家に泊まりに来た。 「良基、高校どうするの?」 試合中だったので小声で私達は話した。 「どうしよっか」 中学三年生の夏だというのに良基はまだ私と同じ進学校にするか工業高校にするか決めかねていた。 「一緒がいい」 「甘えたさんやなぁ」 ちょうどその時鋭く面の決まった音が響き渡った。 背の高い女子の方が勝ったようだ。負けた小柄な女の子は礼をするとすぐに会場から出て行った。 それと同時に良基も席を立つものだから私は急いで荷物をまとめて後を追った。 二人で階段を降りていると、さっきの小柄な女の子とその友達が集まっているのが見えた。 防具をとった女の子はさっきまでの勇ましさと縁がないような可愛らしい顔をしていた。 「負けてごめんね」 聞き取るのがギリギリの小さな声だった。 周りの子はそんなこと言わないで、と泣いていた。なぎ怪我してるのに試合出てくれてありがとうとか呉坂の高校行ったらまた剣道しようとか励ましている子もいた。 「ありがと、でも怪我悪化しちゃうから高校ではもうしないかも」 その女の子は続けて、あんまりここにいると邪魔になるし着替え行こ、と友達と更衣室の方に歩いて行った。 私と良基は青春の1ページを邪魔しないように踊り場からその一部始終を見ていた。 「きらきらした女の子だったね」 女の子達の足音が聞こえなくなってから私は口を開いた。 あの子がもし呉坂高校に進学するなら話してみたいなと思った。向日葵みたいな女の子。 「そういえばなんで急いで出てきたの?」 良基は思い出したかのようにああ、と答えてくれた。 「急かしてごめんな。あの女の子の顔見てみたかっただけなんや。ちっこいし怪我してそうなのに頑張ってた子の顔気になってさ」 あとさ、と良基は続けた。 「俺、お前と同じ高校行くわ」 それは私が心から望んでいた言葉なのに、私はどうしようもなく不安になった。
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