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恋が跳ねる
悶々とした気持ちを跳ね飛ばしたくて校庭を何周も無我夢中で走った。 走って走って、傘についた水滴のようなモヤモヤした気持ちをブルっと振り落としたかった。
「おいっ黒崎飛ばし過ぎだ。少し休んでこい」
「……はぁ」
こういう時に限って笠井先生に声を掛けられてむっとしてしまう。もちろん憶測だが……あの高校時代の水嶋先生のあの涙は笠井先生への失恋のせいだったはず。
今だから分かること。
あの頃の先生と近い年になって初めて理解できること。
よくも透き通るように綺麗な水嶋先生のことをフッたな。いや俺のためには良かったのか。とにかく水嶋先生は俺がもらう!と笠井先生には大きく宣言したい気分だ。
さて、どうしたものか。
水嶋先生はまだ笠井先生に未練があるから、あんな風に熱い視線を投げるのか。それならば俺も告白して正々堂々勝負するまでさ!水飲み場で頭から豪快に水を浴び、タオルで拭いていると、校舎の玄関から水嶋先生が出てくるのが見えた。
傘をさそうと立ち止まる仕草まで、綺麗だなぁと見とれてしまう。
俺とは全く違う生き物だ。文学的な雰囲気がよく似合うんだよな。惚れ惚れとした心地で見つめていると、先生も俺に気付いてくれた。
「先生!今帰りなのか」
「そうだけど……それが何か」
「じゃあちょっと部活見て行けよ」
「……うん、分かった」
素直に言う事を聞いてくれる先生を連れて校庭に向かった。水嶋先生が躊躇いがちに笠井先生に会釈したのは余計だったが、とにかく俺の走りを見てくれよ。
笠井先生よりずっと早く安定して走れるんだぜ!
水嶋先生は僕の走りに、はっとした表情を浮かべた。まるで一緒に走りたくてウズウズしているような、そんな気持ちが伝わって来た。だから走り終わってすぐに汗を滴らせながら先生の前に立った。
「先生はさぁ、運動が苦手そうだけど、もしかして本当は思いっきり走りたいんじゃないのか」
じっと覗き込むように聞くと、図星のようだった。
「何でそれを?」
「だって先生、時々陸上の部活をあの窓から見ていただろう?」
「……あぁ見ていたよ。悪いか」
くくっ素直じゃないんだな。さぁここから一気に押していこう。俺はもう高校生だ。待つだけの恋なんて嫌だから、押して押してこっちを振り向かせるぞ!
高校時代の先生を知っていると告げると、明らかに嫌な顔をされた。きっと触れられたくない過去なのだろう。だから必死に長年の想いを伝えた。
「先生の泣き顔が切なすぎて、ずっと忘れられなかった。男の人なのに雨に濡れる紫陽花が似合いすぎて、少し経ってからそれが俺の初恋だって気が付いたんだ。だから早く先生の背を抜かしたくて早くまた出会いたくて、ずっとここで待っていたんだぜ! なんだろうな? 先生ここの制服着ていたから、ここに通えばまた会えるような気がして……先生のことは俺が笑わせてあげたい!」
長年の想いを一気に告げた。
「ばっ馬鹿か……男に初恋だなんて!」
そう答えながらも先生が少し俺に靡いているのを、先生の表情と声で感じることが出来た。
もっとだ! もっと俺に惹かれろよ、先生!
もう我慢できずにストレートに言い放った。
「先生の教育実習は残り一週間だな。でももう離さないよ。俺と付き合ってくれよ」
「つ……付き合うって、何を馬鹿なことを」
「本気なんだ。先生はきっと俺と走り出すはずさ! いつまでも紫陽花の傍らで傘をさして濡れているだけじゃ、人生はつまらないだろう!」
笠井先生が怪訝な顔でこちらをチラチラと見ていたが、気にするもんか。笠井先生は水嶋先生を振ったが(憶測だが)、俺はずっと小学校の頃から想い続けてきた。
このまま先生の手を取って、走り出したい気分だ。
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