平々凡々のわたし

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「あの、進んでますけど」 後ろの人に声をかけられて、慌てて前へ進んだ。 いけない。 私の悪い癖。 一度妄想の世界に入っちゃうとなかなか抜けられない。 私はペコリと頭を下げた。 気がつけば、私の順番は次。 前の人は注文を終えて会計をするだけようだ。 「お待たせしましたー。ロコモコ丼、980円になります」 お店の人が白いビニール袋に入ったロコモコ丼を渡す。 すると前の人は、なんだか焦ったようにパンツのポケットやジャケットのポケットをまさぐっている。 さっきまでは何も気にしていなかったが、このOL集団の中に、全身黒づくめの男性だ。 そんなに身長が高いわけじゃなさそうだが、すらっとした細い足がスタイルの良さを出している。 「…ちょっと待ってくださいね」 低めの澄んだ声。 目の前の彼はそう言ってジャケットを脱いだ。 その瞬間、さっきの爽やかな香りが鼻をかすめる。 この人の香りだったんだ。 そんなことをぼんやり考えていると、徐々に店員さんが怪訝な表情になっていく。 もしかして…。 「お客さん、もしかして」 「いや、ちょっと待ってくださいね、さっきまでここに」 脱いだジャケットをあちこち触り、アレを捜索している。 私はチラリと店員さんを見た。 そして。 「あ、あの…!ロコモコ丼、もう一つ!会計は一緒で」 突然割り込んできた私に、両者は驚いているようだったが、先に店員さんが「かしこまりました」と言って、もう一つのロコモコ丼を用意してくれた。 「合わせて1,960円になります」 「あ、はい」 私は2,000円を差し出し、お釣りを受け取る。
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