ロンドンにて

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ロンドンにて

ロンドンのダウンタウンの一角にCONBIと書かれたビルが建っている。そのビルの裏口に黒い大型のバンが横付けした。運送会社のロゴの入った作業服を着た男達が重そうにジェラルミン製の大型のケースを降ろした。運送会社の男たちは入口で、六階のコンピューター・プラットフォーム部にお届け物です。内容はサーバーですと言った。入口の警備員はインターホンで確認して「どうぞ」と言ってケースの運び込みを許可した。 ジェラルミンのケースは六階に運び込まれ、運送会社の男たちは十分程で、同じエレベーターから降りて入口の警備員に「終わりました」と声を掛けた。警備員は入場した人数が六人であったが、出てきたのが五人であったので不信に思い「一人少ないがどうしました」と聞くと、出てきた男の一人が「サーバーの据え付けをやってます」と言った。五人の男達は、そのまま入口の横に駐車してあったバンに乗り込んでロンドンの街に消えた。 その直後、別のバンがビルの横に停まり作業員がやはり大きなケースを運び込もうとした。宛先も六階のマッカラム様と書いてあるので、警備員はいぶかしく思ったが、インターホンで六階の担当者に連絡すると、インターホンに出た男はそのまま六階にあげるようにと言うので、入館を許可した。数人の運搬員達がまた、大型のケースをエレベーターに運び込んだ。彼らは、十分後に全員出てきた。 最初の荷物が六階のサーバールームに運び込まれる途中、エレベーターの中で運搬員の一人が作業服の上着を脱いでTシャツ姿になった。Tシャツにはコンバイのロゴが印刷されていた。サーバールームに到着するとTシャツの男を残して他の男達は乗ってきたエレベーターに再び乗り込んで降りていった。 昼休みのサーバールームには人がおらず、一人残った男はしばしぽつんと立っていたが、やがてあたりを見渡すと、運び込んで来た大型ケースをその部屋に林立するサーバーの一つの後ろに運んだ。コンピュータールームのインターホンが鳴った。Tシャツの男は何食わぬ顔で受話器を取り上げると「六階に上げてくれ」と言った。やがてエレベーターのドアが開き、作業着を着た男達がジェラルミンのケースを押してエレベーターから出てきた。彼らがサーバールームの前まで来たときTシャツの男はドアを開け、ケースを中に運び入れるように言って、受け取り伝票にサインをした。 その後、彼はサーバールームの中でコンソールを幾つか操作し、再び運送会社のロゴの入った上着を着ると何気ない顔で、部屋を出てエレベーターに乗り込んでいった。 不夜城のようなコンバイ社の内部は夜十時過ぎても人の影がまばらになることはない。サーバーのオペレーションコンソールに組み込まれた時計が十時半になると、突如、館内放送が鳴り響いた。「このビルを、テロリストが爆破する予告がありました。社員の皆さんは大至急屋外に避難してください。繰り返します――」このアナウンスを聞いて社員達は我先にと館外に避難して行った。館内に人が居なくなると、サーバの後ろに置かれたジェラルミンのケースが、がたがた音をたて、ふたが開き中から小柄な東洋人の男が現れた。それは鎌倉樹恩寺の僧侶廣元であった。彼は片手にタブレット型のコンピューターを持ち、誰もいなくなった サーバールームの中をぐるっと回ると、手許のタブレット端末を何度か叩いては画面を除き込んだ。三列に二十台並んだサーバーの一番端まで来ると、もう一度タブレットを覗きこんだ。「これだ」廣元は何かを探り当てたように言った。そのサーバーには小さなディスプレイとキーボードが付いていた。廣元はそれを叩くと何かを確認し、ポケットから小さなICチップをサーバーに取り付け再びタブレットを叩いた。そしてコンソールのところに戻り、USBの媒体媒体を数秒繋げるとそれを引きぬいてポケットに戻した。 廣元は彼が先ほどまで入っていたケースの所まで戻るとコンバイと書いたウィンドブレーカーを取り出し、それを羽織ると何喰わない顏で、エレベーターに乗り込み誰もいなくなったビルから夜のロンドンの街に出て行った。 その翌日から世界各地で夢遊病状態になった魔境の伝説のユーザー十数名のもとにそれぞれの地域の警察より秘密裏にコンタクトがあった。そして世界警察機構より各国の警察に提供された光学的意識リカバリー・プログラムが適用され、二週間で全員が回復した。その中身はゆらゆらと光る蝋燭の光を反射して青い光を放つ銅鏡を写した映像であった。 このコンバイのビルでの廣元の行動は世界警察機構との連携で行われていた。それは仁と悟志が現実の世界に戻った夜に廣元により示されたものであった。廣元はかねてより旧知の知り合いのいる世界警察機構にコンバイと組織Xが人の脳に幻視をおこさせる兵器を開発中で、魔境の伝説のユーザーを利用し人体実験を行っているという情報を流していた。 世界警察機構でもそのコンバイの動きを察知していたが、具体的な証拠を見つけ出すことができず手を出せないでいた。そこで廣元はこの魔境の伝説について良く知っていること、以前はシステムエンジニアであったことを活かし、彼自身がコンバイのビルに潜入して、コンバイが実際に幻視を起こさせているプログラムの発見とそれを送っているサーバーを特定することを提案した。 犠牲者が増えている事態に手をこまねいている訳にはいかない世界警察はこの提案をすぐ了承した。廣元はミカ、セナ、仁、陵と具体的な方法についてブレーンストーミングを行い、陵がトランクに入って軟禁されているユースフとミカ夫妻を救い出そうとした話にヒントを得て、後日「トロイの木馬作戦」と呼ばれるこの方法を考え出した。 コンバイに買収されミカ夫妻を軟禁したため、地元の警察に逮捕されたワン教授はその後友人であるユースフ達を裏切ったことへの大きな後悔の念から積極的にコンバイの情報を提供し始めた。そのワン教授からコンバイが新たなサーバーを導入することを聞き出し、その納品日にコンバイの本社ビルのサーバー室に潜入することにした。 ワン教授から、コンバイのサーバーの種類や管理されているアイテム、またサーバー室内での配置、サーバー内の情報へのアクセス方法などを聞き出し、ビルへの潜入後のアクションを入念に計画した。ビルがテロリストに狙われているという館内放送もワン教授から聞き出したビル内の自動放送システムを利用した。 このようにして、当日は世界警察の雇用した特別任務遂行スタッフと前日に渡英した廣元によって計画が実行に移されたのであった。その後、当局による証拠の押収があって一か月後にコンバイ社の幹部が逮捕され操業が停止となった。
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