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プロローグ
『神アニメは人生を変える』
それは俺が生きてきた中で実感したことだ。かく言う俺自身が、多くの神アニメに人生を変えてもらっている。
「この業界にいらっしゃるみなさんなら、きっと自分の人生を変えた一作があるのではないでしょうか。そんな風に、これからも人の人生を変えるような、そんなアニメを作っていきたいと思います。今作のために集まって下さった皆様、本当にありがとうございました。また次回作でもご一緒しましょう!」
スポットライトから放たれる光の奥から、大きな拍手が起こった。
「では、稲葉監督。乾杯の音頭をお願いします」
小さく咳払いをして、前を向く。天井には大きく煌びやかなシャンデリアが吊るされている。
「乾杯!」
「ありがとうございました。では、これからはしばらくお食事とご歓談の時間にしたいと思います。皆様、存分にお楽しみくださいませ」
ざわざわとあちこちで話し声が湧き出す。俺はきょろきょろと周囲を見渡した。すると、背後から声が掛かる。
「虎徹〜、こういう挨拶ももう慣れたもんやな」
その関西弁の男は俺の首に腕を回して抱きついてきた。首元にかかった吐息からは強烈なアルコール臭がする。
「うわ、酒くさっ! お前もしかしてもう酔ってるのか!?」
「ん〜なわけないやろ!」
「ダメだこりゃ」
俺は呆れた目をしながらひっつくその男を引き剥がした。
「ご、ごめんなさいっ、虎徹さん」
「お前がしっかりしてくれないと困るぜ〜」
「はい……、すみません……」
俺は少し離れたところに金色の長い髪を見つけた。煌びやかなドレス姿だ。
「よっ、頼んでいた曲は出来たのか?」
「ん」
小さな口いっぱいに食べ物を含み、その女性は振り返った。
「何食べているんだ?」
「小籠包、初めて食べたの。とても美味よ。虎徹も食べる?」
そう言って箸で小籠包を掴み、口に近づけてくる。
「いや、俺はいいから……」
「そう」
そして、そのままぱくりと自分の口に運んだ。
「やっほ〜、虎徹〜。おひさ〜」
「やあ、遅れちゃってごめんね。イベントが長引いちゃって」
入り口の方から一組の男女が歩いてきた。ばっちり決まったイマドキのお洒落な格好だ。
「人気声優様も大変だな。最近あまり休みないんじゃないか?」
「ま〜ね〜」
「ありがたいことにね。でも、NACも凄いじゃないか。今や業界を代表するアニメ会社だよ」
「ほんとだよ〜。ただの大学のサークルがこんなに大きくなるなんて凄くない⁉︎」
「確かに。エモいな」
「そらそうやで! わいが集めた最強メンバーや!」
「酔っ払いうるせえな」
「あとエモいってそれ完全に死語だから。アニメで使ったら恥かくよ」
「え、マジ?」
「虎徹さん、虎徹さん」
そこに小柄なサイドテールの女性が小走りで駆け寄る。
「どうした?」
「日芸祭の審査員の依頼が来てますよ。返答の期限は今週中です」
「あ〜、今年もそろそろその時期か。そういえば、今年は参加できるな。三年も断っちゃってるし、今年こそ審査員やってやるか」
「え〜、すごいね! 虎徹もう審査する立場になっちゃったの⁉︎」
「流石だね」
「でも、凄く懐かしいわ、日芸祭」
在りし日が脳裏に蘇る。俺らの青春の一ページ。
「あれ? ところで伊吹は……?」
「ああ、あいつなら三人と一緒にケーキをデコってるぞ」
ちょうど会場の中心で歓声が起こった。そこへ向かうと、巧みなタッチでキャラクターのイラストが描かれた大きなケーキがあった。多くの人が必死に写真に収めている。すると、その中心にいたすらっとした女性がゆっくりと近づいてきた。魅惑的な瞳でじっと見つめてくる。
「どう?」
美しいハスキーな声が耳を撫でる。
「流石は天才」
彼女は満足げに微笑み、黒く艶のある長い髪をすっと後ろに流した。
「当然よ」
俺は周囲を見回して、小さく呟いた。
「これでサークルメンバー揃い踏みだな」
その声に全員が振り向き、ふっと笑みがこぼれる。
日々なんとなく生きていた。
でも、ある年を境に俺の人生は大きく変わったんだ。
アニメを作りたい。神アニメを作りたいって。
最高の仲間たちと共に。
そう、これは俺たちがアニメ業界を駆け上がるまでの物語――。
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