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「アニメサークル……?」
「せやで、まずは自己紹介からやな。ってわいは昨日したからええか」
「いや、名前忘れたわ」
「っておい!」
やかましいツッコミだな、と虎徹は呆れたように頭をかいた。
「わいは広沢大和や。このサークルの代表をさせてもろとる。大阪弁やけど出身な。演出学科でプロデューサーを目指しとる。好きな食べ物はなんちゅうても神戸ビーフやな。好きなアニメは『かるおん!』や」
『かるおん!』は軽音楽部の女子高生たちを描いた日常系アニメだ。音楽やキャラクター、ストーリーに至るまで全てにおいて完成度の高い作品で、アニメオタク以外の一般にも人気が出て社会現象とまでなった名作だ。
「お前が代表ってことはここにいる全員が二年なのか?」
「せやで。ほな次は伊吹」
次に指名されたのは先ほど虎徹をこの部屋に連れてきた綺麗な黒髪ロングの女子だ。
「私は真中伊吹(まなかいぶき)。作画学科で勿論アニメーターを目指しているわ。好きな食べ物は羊羹。好きなアニメは、最近だと『ヴィオレッタ・エヴァーガルド』かしら」
『ヴィオレッタ・エヴァーガルド』はアニメ史上トップクラスの超繊細な作画と重厚感のあるストーリーで人気を博し、映画化もした作品だ。
「伊吹は高校の頃、ごっつ大きい美術コンクールでめっさ凄い賞を獲ったんやで」
「高校生国際美術展、内閣総理大臣賞ね」
「え、それってマジで凄い賞なんじゃ……」
「まあ、別に普通よ。私の実力からしたら」
その自信に満ちた振舞いに、虎徹は二人の出会いを思い起こす。
「って、お前さっきと全然話し方違うじゃねえか!」
すると伊吹は呆れた様子でため息をついた。
「当たり前でしょう。そもそもあんなお嬢様みたいな話し方する人いるわけないじゃない。アニメや漫画の中だけよ。あ、勿論さっきの一目惚れの話は嘘だから。勘違いしないで頂戴」
「いやー、わいの作戦が的中したで。虎徹は絶対お嬢様系が好きやと思ったんや。それと伊吹、そこは『勘違いしないでよね、お兄ちゃん!』って言ってくれんか」
「死ね」
汚物を見るような目で吐き捨てた様子は、先ほどまでのお嬢様のような姿と別人だった。
虎徹は現実に引き戻されたような感覚に頭を抱えた。まさしく理想の彼女が幻影と化す。そんな絶望する虎徹を置いて、自己紹介は先に進む。
「ほな、次は吉乃行こか」
指名されたのは小柄で黒髪ボブの女子だ。前髪が少し目にかかっており、後ろは肩に少しかかっている。少しおどおどした様子で自己紹介を始めた。
「は、はいっ、池山吉乃です。CG学科です。好きな食べ物は、……パンです。よろしくお願いします……」
小動物系の可愛らしい感じだ。小さな口でパンをもふもふと食べる様子が容易く想像できる。
「好きなアニメ」
「あっ、好きなアニメは『Destiny』関連です。特に『UBW』が好きです」
『Destiny』は元々コンピューターゲームだったが、ファンの高い支持を得た結果、アニメや書籍、スマホゲームなどにも広がった作品。現代ファンタジーの代表的な作品で、スピンオフが多いのも特徴だ。
「で、最後が」
立ち上がったのはがっちりとした胸板のある大柄な男だった。だが、目元は意外とくりっとした瞳をしており、さらさらの髪の毛で優しい印象だ。なんともアンバランスな印象。彼は爽やかで聞き取りやすい声で話し始めた。
「土橋銀次郎(どばしぎんじろう)です。僕はみんなと違って演劇学部、古典演劇学科に属しています。アニメとは関係ない学部じゃなくて申し訳ないんだけど、少し興味があったから入らせてもらいました。好きなアニメは『ソード・オンライン・ワールド』かな」
『ソード・オンライン・ワールド』はライトノベル発のアニメ作品。SOWという愛称で呼ばれ、様々なメディアに展開する大人気王道バトル作品だ。
「ベタやなー」
「ご、ごめん」
「いやお前も充分ベタだろ。『かるおん!』って」
銀次郎は気が小さい性格のようだ。体は大きいのに。やはりアンバランス。
これでNACメンバー全員の自己紹介が終わった。全員の注目が虎徹に集まる。
「えー、俺の名前は稲葉虎徹。アニメーション学部、演出学科。出身は秋田県のど田舎。好きな食べ物はー、なんだろ、いちご?」
「女子か! もしくは幼稚園生!」
「う、うるせえ! 好みなんだから別にいいだろ!」
失敗した、と虎徹は顔を真っ赤にしながら、髪をかきむしった。
「好きな作品は、まあ、色々あるけど、『SHIROKURO』とかかな」
『SHIROKURO』はアニメ制作会社の話だ。アニメ制作にひたむきに取り組む登場人物たちの苦悩や努力を丁寧に描いた作品。納期に追われながらも良いアニメを作るという思いや各キャラクターの成長が多くの人の胸を打った。
「お〜、ええやん! 『SHIROKURO』! わいらもそういうことしようっちゅうことや!」
「え、俺らでアニメ作るの?」
「当たり前やんけ!」
虎徹はアニメサークルだからてっきりアニメを観るサークルだと思っていた。
しかし、アニメーション学部のメンバーも多く、実際にアニメを作るのは確かに良い機会かもしれない、虎徹はそう思った。それにアニメーション学部は卒業するには何らかのアニメーション作品を制作しなければならない。
だが、一番の理由を挙げるとするならば、それは「他に何もやることがないから」かもしれなかった。そのことは虎徹の心にそっとしまい込まれた。
「で、俺は何をすればいいんだ? 演出? 脚本? それとも音響や撮影か?」
「監督やで」
虎徹は言葉を失った。
「監督。おい聞こえとんのか」
「いやいやいや、無理だろ。俺は監督になるために演出学科に入ったわけじゃないし、なるつもりもない」
「昨日お前のアイデアノートを見て、ピンと来たんや。うちの監督はお前やって。演出学科なんやからできるやろ」
「それを言ったらお前も演出学科だろ!」
「わいはプロデューサーや。もちろん多少は手伝いまっせ」
「無理……、だよ。俺にそんな能力はない」
虎徹は目を伏せた。学年でも最下層の成績だった自分が制作チームの足を引っ張ることは目に見えている。
「でも、お前だってあんなアイデアノート書いてるくらいなら、興味はあるんやろ?」
虎徹は声を詰まらせる。確かに物語を考えるのは好きだった。いろんな作品に影響され、自分でも書いてみたこともある。先日だってたまたまいい感じのアイデアが浮かんで、ノートに書いてみただけだ。ただ、自分にアニメ監督になる能力があるとはとても思えなかった。
「まあ力試しでもええねん。とりあえず、やってみんか?」
「そ、そこまで言うんだったら……」
結局虎徹は勢いに押されたような形で承諾することになった。
大和はニンマリとして立ち上がると、ホワイトボードの横に向かった。ホワイトボードには勢いのある字で『NAC!』と書かれている。
「伊吹が作画、吉乃がCGで銀次郎が声優。わいがプロデューサーで、虎徹、お前が監督や。そんでアニメを作る。それもただのアニメやない、神アニメや」
大和はバンッと勢いよくホワイトボードを叩いた。そして不敵な笑みを浮かべると、勢いよく言い放った。
「そんで日本一、いや世界一のアニメ制作会社を立ち上げる! それがわいの野望や!」
その自信満々な物言いに、虎徹は不安を隠しきれなかった。
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