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雨の東部杯 3
皇帝陛下の命令では逆らえるはずもない。ロアは泣きそうになりながらため息をついた。ドゥラカがふと真顔になり、馬上で腕組みをする。
「確かウィンフィールドじゃ、夜会で天馬レースをやるらしいぜ。ひょっとしたら花嫁候補じゃなく、騎手として呼ばれたのかもな」
「騎手として?」
ロアは目を瞬かせた。
「なるほど。さすがドゥラカ様、未来のキリヤコフ大公夫人。社交界には詳しくていらっしゃる」
ニコラがドゥラカをからかう。数ヶ月前にレースを観戦したキリヤコフ大公国からの客人が、ドゥラカを気に入っていたことについての冗談だ。
「うるせえ! 誰があんな熊みたいな男……」
「そういうことかー、ああびっくりした!」
ほっとしたロアは胸を撫で下ろした。大舞踏会のことは知らなかったロアだが、ウィンフィールドの夜会の天馬レースのことなら知っている。馬に関することだからだ。
フランツが、転がっていたロアの泥まみれのヘルメットを拾い上げて戻ってきた。
「ロア様、とにかくトラウゴット様がすぐ城に戻るようにと」
「うん、わかった。うわー、天馬に乗れるなんて最高!」
先ほどまでとは打って変わって上機嫌になったロアがはしゃいだ声を上げるのを、ドゥラカは呆れた顔で見た。
「おいおい、騎手として行くって決まったわけじゃねえぞ」
「そうに決まってるよ、私みたいなのが花嫁候補のわけないもの。みんな、お土産買ってくるからね!」
そう、それ以外に考えられない。ロアは笑顔で仲間の騎手達に手を振って、それから馬の手綱を引いて去って行く。
「単純バカだな……。大体騎手として呼ばれたとしたって、羽の生えた馬に一朝一夕で乗れるもんなのかね?」
去って行くロアの背を見送り、ドゥラカは訝しんで小首を傾げた。
「さあ。何にせよ、恥かいて泣いて帰ってこなきゃいいけど」
ギリヤの民として皇帝陛下の恐ろしさを知るドゥラカは、ニコラの言葉にやや固い表情でひらりと馬から降りた。泥が派手に跳ねて、ニコラの牽いている馬が嫌がる仕草をした。
「泣くだけで終わりゃ御の字だ、あの皇帝陛下だぜ? 失敗すりゃあ首を刎ねられる」
ニコラは表情を曇らせた。係員が二位入賞のドゥルカを呼びに来た。
表彰台の近くではレースの主催者がロアに握手を求め、ロアも主催者の使用人の差す傘の下へ入った。
雨はまだ降り続いている。二児の母でもあるニコラは、自分より子どもに年の近いロアの先行きがひどく心配になった。
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