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「始めてください。」
北里の合図で世界史のテストが始まる。礼は不安を覚えながら1ページ目をめくった。
問1.16世紀に始まる宗教改革の主導者の名前を答えよ。
問2.カルヴァン派について説明せよ……
あれ、と思い礼は顔を上げる。この問題には見覚えがある。ちらりと見ただけだが、昨日のツイーターの問題そっくりだ。
テスト中なので周りを見渡すことは出来ないが、礼の周囲の生徒達もページを何度もめくって確認したりと、気付いているらしいことは伝わってきた。
こんな事ならあの問題をしっかり解いておけばよかった……礼は後悔しながらも朝の10分間で身に付けた知識を武器にテスト問題と格闘した。
「終わりにしてください。」
北里の合図で回答をやめる。結果まずまずの出来といったところだろうか。まぁ、学習時間賞味10分にしては健闘した方だろう。
答案が回収される間、生徒達は押さえていた興奮を発散するように、
「あれ昨日のと同じだよね?!」
「やっぱり同じ問題だったよね」
「昨日のツイーターの、保存しといてよかった〜」
「1ページ目開いてびっくりしちゃった」
「でもあのアカウント、誰だったんだろう?」
と口々に言い合い、教室全体がざわめいた。
北里は騒ぐ生徒達を意に介さず、いつもの通り明るい調子で1時間目を締め括る。
2時間目以降も生徒達の興奮は冷めず、ずっと世界史のテストの話題で持ち切りだった。生徒達の反応は、流出をありがたがるもの、罪悪感を覚えるもの、そして犯人探しをしようとするものまで様々だ。
礼の隣の席の笠間もこの話題には興味津々らしく、
「ねぇ、礼、世界史の問題だけどさ、昨日のあれ、見た?」
と話しかけてきた。
「まぁ……ちらっとだけだけど」
「やばいよね、あれ、誰がやったんだと思う?」
笠間は楽しそうに聞いてきた。テスト期間中で楽しみがないせいか、噂話への熱量がすごい。
「さぁ。分かんないや。誰か、とか考えてもなかったわ。」
「私はね、やっぱり日直の2人が怪しいと思うんだよね、ほら、朝職員室に行くじゃん?だからそのときにこう……」
「うーん、日直じゃ先生に会うからダメじゃないかな……」
笠間の穴だらけの推理に穏やかに反論する。いくらなんでもクラスメイトを簡単に疑うのはどうかと思うからだ。
「そっか、先生がいない時だから……分かった、会議だ!昨日の教員会議のときなら学年の先生誰もいなかったはずだし、写真撮れるよね。その時に職員室に行った誰かが……」
「ありえるけどさ、たしかその時先生達の代わりに北里先生が対応してたよね」
「うーーん……」
笠間は考え込んでしまった。しかし、笠間の言う通り、犯人は先生達が席を外していた職員会議のときを狙ったのだろう。どうやったのかは礼にも見当もつかないが。
その後も生徒達の間で問題流出の噂はどんどん広がっていった。いつのまにか教師達にまで伝わっていたらしく、帰りのホームルームで長浜が、
「世界史のテストについては後日対応措置をとる。この件のことは忘れて、犯人探しなども決してしないように」
と注意を促したほどだった。
ホームルームが終わり、そそくさと帰るために階下へ降りていくと、出入り口近くにあるラウンジは質問の生徒と答える教師でごった返していた。やかましくもあるが、テスト期間の風物詩のようなものだ。礼は構わずさっさと通り抜けた。
学校を出ようとした時、三者面談の日程表を提出し忘れていたことに気付き、職員室へと向かった。
職員室の扉の横にあるインターホンをとり、通話ボタンを押し、長浜を呼び出す。テスト期間で職員室に入れないため仕方ないとはいえ、いちいち面倒だ。
礼が要件を伝えると、長浜は面倒そうに書類を受け取り、職員室へと戻って行った。もう少し生徒にまともに対応できないんだろうか。礼が不満に思いながらもさっさと帰ろうとしたところで、ふと、窓越しに、書類を持った北里が長浜に何かを言うのが見えた。こちらからは長浜の顔は分からないが、長浜の発言で北里の顔色が変わったのが見えた。
その後も、長浜がなにか書類に指をさしながら返事をする度に北里の表情が沈んでいくのがわかる。それでも長浜はまだ北里に追い討ちをかけているようだ。
北里の表情は、どんどん暗くなっていく。まるで全てを諦めたような目で、ただ北里の指摘を聞いているようだった。
気分の悪いものを見た、と礼は思った。北里は毎日あんな風に長浜から辛い思いをさせられているんだろうか。やり場のない怒りを覚えるが、一介の生徒に過ぎない礼にはどうすることもできない。
礼はただただ燻る気持ちを抱えながら帰路に着いた。
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