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終業のチャイムが鳴る。テストから開放された生徒達が思い思いに楽しい話をしながらいっせいに下校していく。その波逆らうように、礼と晴は職員室を訪れた。テストが終わった今、インターホンを鳴らす必要もラウンジへ行く必要も無い。
しかし、ほかの教師に話を聞かれたくなかったので、礼たちは北里をラウンジに連れ出す。
北里は用件を理解していないのか、
「珍しい組み合わせだね。西園寺さんに八坂さん。」
と不思議そうに2人を見比べていた。
「そうですか?私たち実は結構一緒にいますけど……先生でも気づかないこともあるんですね」
晴は軽く冗談を言ってから本題に入る。
「先生、私は先生にどうしても聞きたいことがあってここに来てもらったんです。何とはいいません。どうして、あんなことしたんですか?何の話かは分かっていらっしゃいますよね」
北里の表情が凍りついた。
しばらくの間、3人は黙って対峙していた。
ラウンジを沈黙が支配する。重たい空気の中、北里が口を開く。
「職員室の中だけの話で終わると思ってたんだけど、ばれちゃったみたいね。どうして……か。そうね、長浜のことが嫌いだから。許せなかったから。嫌がらせしてやりたいと思った……って所かな」
「そんな事で」といいかけた口を噤む。礼には思い当たりがあった。あの、テストの日の出来事。あの時の北里の諦めたような目を思い出す。
礼がなにかに勘づいていることに気付いたのか、北里は礼の方を見る。
「もしかして、長浜先生は、日常的に北里先生に嫌がらせをしていた……違いますか?」
と問いかけると、
「そう、その通り。そっか……生徒も見てたのね」と答え、北里はこちらを見ずに話を続けた。
「あいつは私に執拗に雑用をやらせた。酷いパワハラ野郎だった。おまけに、最近は露骨に触ったりはされなかったけど、セクハラ紛いのこともされた。それでね、私は教師って仕事に対して抱いていた夢の全てが崩れるような気がした。あいつは……私から教師って仕事を奪った。」
礼は北里の顔を見ることが出来なかった。夢見て憧れた仕事にそんな形で幻滅させられるなんて、まだ礼には想像もできない。
「それが私があいつを嫌いな理由。でも、復讐してやろうって思った時点で教師失格なのかも。現にこんなふうに生徒にまでバレちゃったし」
北里はふふっと笑う。悲しい笑顔だった。礼は何かを言わなくちゃ、という気持ちが溢れるばかりで、言葉が出てこなかった。しばらくの沈黙の後、晴は真っ直ぐに北里をみて、
「先生、先生は失格なんかじゃありません。夢を奪われた被害者なんですから。だから私は……私は、先生を責めることは出来ません。私が言えるのは、先生はやり方を間違えた、ということだけです。」
と言った。晴が何を考えているかは分からない。でも、珍しく晴がこの件に心を動かされていることは分かった。
「ありがとね、西園寺さん……そろそろ行かないと。荷物をまとめないといけないから。」
職員室へと戻る北里を見送った。彼女は今日でこの学校を去る。そして教師を諦めるのだろう。
黙って職員室の方を見つめて立っていた晴が、
「ねぇ、礼。教師失格なのは北里と長浜、どっちなのかな。」
と問いかけてきた。そんなの答えるまでもない。晴は1人で続けた。
「長浜の嫌がらせで北里先生の人生は変わってしまった。また、今日も変わるんだと思う。もう元には戻らないんだよ。」
人生が変わる。他人から見たら小さなことに思えるような事も、された側には一生の傷になる。だから、きっと傷つけられてしまった時点で、その人の未来は死んでしまうのだろう。
「多分、教師を目指した北里千恵は長浜に殺された、のかもね。」
fin.
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