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残り10分。覚えなければいけない語句は…20個くらいか。礼は姿勢を正し、教科書へと向かう。わざわざ姿勢を正すのはこれから昨日の夜に勉強しなかった責任を取るためだ。
「ねぇ、昨日のあれ、見た?」
不意に声をかけられ、顔を上げるとわざわざ隣のクラスからやってきた篠田がいた。そんなことか、と呆れて適当に返事をする。
「見たよ」
昨日の、とは恐らくツイーターで流れた期末試験の問題と答案らしきものを指しているのだろう。尤も、どうせイタズラだろうと思っているうちに削除されてしまっていたため、対策にはなんの役にも立たなかったが。
そんなことより語句を覚える方が大事だ。ええと?グレゴリウス7世が何をしたんだっけ?
勉強を続けようとする礼の邪魔をするように篠田は話しかけるのをやめなかった。
「礼は真面目だねぇ」
「昨日全然勉強できなかっただけだよ」
「私あれ信じて載ってたとこだけ対策したよ。すぐ消えちゃったからスクショしといて良かった。本物ならラッキーじゃない?」
「逆にイタズラなら足元掬われるよ」
「そういうこと言う?てか、すぐ消えたってなんか本物っぽくない?」
「イタズラで先生に見つかったのかも」
そう言って礼はまた教科書に目を落とす。
あと覚えなきゃ行けないのは……神聖ローマ皇帝、ハインリヒ4世。何をしたんだっけ、えーと、そうだ。カノッサの屈辱だ。あとなんだったかな……
「ちょっと礼ってば」
「何?」
再び顔を上げる。
「マジで興味ないの?」
「別に……」と言ってまた教科書に目線を戻そうとすると、篠田が、
「うちのクラスでは画像をコピーして持ってきてた子とか居たくらいだよ」
と、いかに例の投稿で盛り上がっているかを熱弁した。礼は話半分に聞き流しながらテストの対策をする。なんだかんだあと5分しかないのだ。そんな噂に構っていられない。
しばらくの間礼は篠田の話につき合わされたが、朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴ると、渋々と言った様子で隣のクラスへ引きあげて行った。
「ホームルーム始めるぞ」
担任の長浜はいつも通りの仏頂面で教室に入ってきてさっさと朝の挨拶を済ませると、今日の1時間目の世界史のテストの監督は自分ではなく教育実習生の北里千恵が代わりに務めることを告げた。
長浜は女子校には珍しい中年の男性教師で、生徒達か、なんとなく距離を置かれているが、北里は卒業生ということもあって人気が高い。担当科目は同じ世界史だが、存在感は雲泥の差だ。
教室内に嬉しそうな空気が流れているのを無視して長浜は今日の連絡事項を淡々と述べ、締めくくりに、
「テスト期間中だからこれまでの試験と同じように職員室に用がある生徒はインターホンを使うように。」
という型通りの注意すると、締めの挨拶を済ませ、教室を出ていった。
入れ替わるようにたくさんの紙束を抱えた北里が教室に入って来た。小柄でほっそりした印象の北里にはその荷物は多すぎたようで、やや危なっかしくなりながら教卓へと辿り着いた。
1時間目で自分一人ということもあり、北里はやや緊張している様子だったが、諸注意を述べ、問題や解答用紙を配布した。
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