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「じゃあ福田、悪いけど自転車借りてくな」
「ああ、俺は後で広斗の家に寄って自転車を回収するわ、それより君継を落とすなよ」
「俺は落ちないよ」
「まあ……そうかな」
ニヤっと笑った君継に福田も久本も、俺さえ納得してしまった。
真っ直ぐに歩く事も出来ていなかったのに君継なら大丈夫だと思ってしまう。
きっと君継の前世はネコ科の動物だと思う。
ほら、いつもなら荷台に立つのに「今日は危ない」って感覚が告げているのか、大人しく荷台に座った。
二人に後の事は任せて自転車を押し出すと、道路の雪は随分溶けて何とか自転車で走れそうだ。
路肩に雪が溜まって道が随分狭いが車の轍にアスファルトが覗いている。
泥に汚れた水飛沫が氷を含んで派手な音を立てた。
走れる場所は少ないがあっという間に家まで帰ってきた。
「君継、家に帰らないっておばちゃんに怪我を隠すつもりか?」
「うん、当たり前だろ、どうせ怒られるし……それにきっと母ちゃん達も外で嫌な思いしてるかもしれないからな」
「……うん」
それはいくら考えても納得出来ないが、満島や桧山のような奴は特殊じゃ無いのだ。
施設がそこにある事を反対する住民は多く、自治会の会合で真っ向から嫌悪を露わにする人もいる。特に多いのが同じ世代に子を持つ親だった。
怒っても嘆いても仕方が無いのだ。
世間はそんなものなのだ。
「なあ、君継、俺の母さんから今日は帰れないってラインが来てたんだ、泊まってかないか?凍ってるけどカレーもあるぞ」
「母ちゃんがいいって言ったらな、それより寒い、靴下とパンツ貸してくれよ」
「ああ、何か服を出すから体操服も着替えろよ、弁当食うだろ?温ったかいお茶を淹れてやるよ」
着替えたと言っても半濡れのまま自転車に乗って来たのだ、二人共芯から冷えてカタカタと体に震えが来てる。
風呂に入った方が早いけど君継は血が止まったばかりだから裏起毛の分厚いスエットを出して君継の方に放り投げた。
パンツも靴下も続く。
そしてまたまた……もうぶっ殺したい。
君継は今度はパンツまで脱いでの素っ裸になって着替えだ。
でもさっき保健室で見た、あの白い陶器のような肌から艶やかな媚薬が滴り落ちていた君継とは違った。
いつものちょっと馬鹿な幼馴染だ。
「怪我は?痛い?」
「もう治った」
「嘘付け、それにしても……俺の服を君継が着ると大っきいな、いい気味」
「うるせえな、お前俺の父ちゃん知ってるだろ、今に広斗を追い越して二本の指で摘み上げてやるよ」
「それあるかな〜、あるよなあ〜……」
君継のお父さんは200m先の人混みからでも一発で識別出来る程の巨漢だった、度の過ぎる無口で怒らせたらチビる程怖い。小さい頃に火遊びが見つかって本当に指二本で猫のように吊るし上げられた事がある。しかも片手に君継、片手に俺。
身長が高いとか(高いけど)腕とか胸が分厚いとかじゃ無いのだ、とにかく威圧で膨れた時がデカい。
今の君継に似ている所は見えないが、そのうちに男とも女とも言えない綺麗な顔に髭が生えて、メキメキと筋肉がついて四肢が育ち、細い体がゴツいマッチョに変身する可能性は十分ある。
そうなったらチューしたいとか、裸の生っぽさにドキドキした今を笑えるかもしれない。
そうなって欲しいような、今のままでいて欲しいような。
野太い声で上から「広斗」と呼ぶ君継……。
君継のお父さんみたいに顎が割れてきたりして。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「ん?マッチョな君継を想像したら笑えてきた」
「後2年待てば見せてやるよ、それより今日の弁当は"爆弾"なんだ、何か拭くもんも持ってきて」
「わかった」
君継の弁当は時々「爆弾」と名前のついた巨大なおにぎりになる。君継のお母ちゃんに時間が無い時にそうなるらしいが、ウィンナーやら唐揚げやら塩昆布がボコボコ飛び出た米の塊は両手で包んでも余るくらいデカい。
大概は食べている途中で割れて、ボロボロ溢れてくる。待っている間に「これを見てろ」と、流行りの面白動画を携帯に写して居間の隣にある台所にお茶と布巾を取りに行った。
「広斗!俺は牛乳がいい、朝の配達が来なくて今日は飲んで無いんだ」
台所でお茶を沸かしていると、壁に空いた穴から君継が手を出してヒラヒラと振っていた。
「いいけど……そっから手を出すなよ、牛乳は温っためるか?」
「温っためなくていい」
「わかったよ、穴から手を抜く時に怪我すんなよ」
壁から飛び出た手にチョイっと軽い握手をすると巣穴に逃げ込む鼠のように引っ込んだ。
その穴から隣の部屋を覗くと君継は爆弾を取り出してラップを剥いてる。多分だけど手に怪我はしなかったみたいだ。
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