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「広斗くん、牛乳飲む?」
「はい、自分でチンするから温っためてもいいですか?」
「自分でするならいいわよ」
笑いながらそう言って、出て来たのはマグカップに入った冷たい牛乳だった。
普通ならここで電子レンジに入れるくらいはするだろう、さすがブレないね、君継のお母さん。
「いい天気ですね」
「そうね……ってか暑わよ」
「ホントに……」
梅雨に入る前の5月の陽気は容赦なかった。
首に巻いたタオルが汗に濡れて何か臭い。
いつも騒がしかった「森のこども園」は今はもうひっそりとしている。
君継の両親は捜査本部が解体された後、全ての園児を他所に移して園をたたんでしまった。
今は引っ越しの準備を手伝いに来ている。
「本当に行っちゃうんですね、俺は君継が帰るのを待つんだと思ってました」
「そうしたかったけど……住民集会でね、園の退去を求める署名を渡されちゃってさ、それが町の半数を超えてたのよ、もう無理でしょ」
「………そっか……」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、君継は馬鹿だけど異様にタフだから、帰って来て……そうね、誰もいない事に気付かないままその辺で寝こけてたりするわよ」
「そうですよね、おばちゃんはまだ若いんだから弟か妹を作って驚かしてやればいい」
アハハッと笑った綺麗な顔が困ったように眉がさがり「しまった」と思った。
次の子を……なんて、もう君継はいないんだから代わりを作れって意味に聞こえる。
「違うから、おばちゃん違うからね、君継は生きてるよ、きっとどこかにいる、もし記憶を無くして帰ってこれなくてもおばちゃんとそっくりなんだから見たらわかるよ」
「それね……本当に不思議なんだけど、実は君継は私が産んだんじゃ無いの」
「え?でも……」
こうして横に並んでいても親子だなあって和むくらい君継の面影がある。
君継は今17歳だ、君継のお父さんみたいに顎が割れて巨漢になる可能性は多分、ってか絶対に無理で、将来はこの綺麗なお母さんの後を追うように歳を取っていくんだなって思える。
「そんな顔をしないでよ広斗くん、大した事じゃ無いわ、私達には子供が出来ないの、出来ないなら嘆いたってしかないでしょう?だから手当たり次第に子供を育ててやろうって決めて、森のこども園を作ったの」
「じゃあ?君継は?」
「あの子は養子。この森のこども園の記念すべき第1号が君継よ、本当に不思議なんだけど、どこに行ってもそっくりだって言われたわ」
「そっくりですよ、今でも」
ウフフと笑い、ありがとうと言ったその顔は「君継」って呼びそうになるくらい似ている。
「じゃあどうしてそんなに似てるんですか?」
「うん………この町に不動産の下見に来た時にね、あそこの森にあるベンチで生まれたばかりの君継を見つけたの、君継を預かったまま1年経っても保護者の手掛かりは無くてね、そのまま籍を入れたわ」
「そんな……そんな事…」
「大変だったわよ、あの子は赤ちゃんの頃から馬鹿でね、まだハイハイも出来ない頃から登るわ落ちるわ、手当たり次第に変なものを飲むし全てのリモコンを破壊するしティッシュは戸棚から探ってまで中身を出すしもうヘトヘト、第2号を受け入れるまで3年も掛かったわ」
「目に見えるようです」
「うふふ、そうでしょう、広斗くんは一番被害者だったものね」
「楽しかったですよ」
「私達も楽しかったわ、君継が私そっくりに育ったのは、私の夢を叶えてくれる神様からの贈り物だったのかなって思ってる………だから……役目を終えて……今は別の人の夢を叶える為に森に帰って行ったのかもしれないわね」
「うん……」
もし、そうなら……君継は今頃沢山の人の夢を叶えて回ってる。超大忙しだ。
………俺も。
君継のお陰で毎日がキラキラした夏の日のようだった。
隣にいないなんて今でも信じられない。
君継の机も、そこら中に隠したボールも、何故か未回収になっている悪戯で集めた自転車のサドルもそのままなのに君継だけがいない。
毎日、何かある度に君継にメッセージを送った。
決して既読にならないがそれでも送った。
悲しくは無い。
だって信じてないから。
ただ不思議だった。
君継がいないのが不思議だ。
君継がいないのに息をしてる、勉強してる、クラブだってしてる………
相変わらずご飯は美味しいのだ。
事件のせいで春休みにずれ込んだ学期末テストに一喜一憂出来てる。
………そして笑ってる。
君継がいないのに。
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