ラブホテル

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走り出した自転車は電動機付きだった。 幽霊に背中を押されているみたいに学校前の長い緩坂もスイスイ上がる。 傘はもう閉じていた、自転車を漕ぐ女子の邪魔になるし、荒ぶる風は一呼吸毎に雨筋を変える。 楽しくなってくるほどの濡れ放題だったけど下着にまで侵食される事なく、あっという間に学校に着いた。 「ありがと、助かった。」 駐輪場の手前で自転車から飛び降りると目の部分だけ透明なレインコートの中から小さな笑い声が聞こえた。 「あのさ深森、普通なら"俺が漕ぐよ"って言わない?」 「え?そうなの?だってこの自転車は電動だから力いらないじゃん」 「深森は甘え上手だねぇ」 フードを下ろした女子は顔が出てきても名前があやふやでよくわからない。 同じクラスなのは間違いないから適当に会話を合わせた。 「甘えてるつもりなんか無いよ、俺の家は耳にチンコが付くほど甘えるなって言われるんだ。」 「え?……チンコ?」 「タコ!タコって言った。」 八雲の事が頭から離れず駄目な言い間違いをした。 オッパイとかチンコとか、友達間では日常的に口にする単語を親に聞かれると無言で殴れる。それでなくても女子相手にチンコはまずい。 セーフだったのか? 女子はチンコ発言を気にする様子もなく笑ってる。 「でも甘え上手だよ?何でもしてあげたくなる。ほら、背中もびしょびしょだよ、待ってて、レインコート脱いだら払ってあげる」 「何でもしてくれるなら代わりにプリントを八雲に渡してくれ」って頼みそうになったがそこは我慢した。先生にバレたらこれまでの苦労(?)が水の泡だ。 名前が出てこない女子がレインコートの複雑そうなボタンを外す間にブレザーを叩くとコロコロと玉になった水滴が落ちていく。 強盗に破かれたブレザーはポケットが裂けただけで、いつもなら縫えって言われるのに、珍しく母は新しく買い替ろと言った。新しいプレザーは防水が効いているのか雨水は染み込んでこない。 転がる水滴が面白くてパタパタとブレザーを叩いていると女子が背中を担当してくれた。 足の方まで水滴を払ってくれたお礼の代わりに、低い位置にある頭に手を置いてポンポン撫でると、名前が分からない女子の笑っていた顔がちょっと怒ったように真顔になって、「その顔で変なスキル使うな」と、謎の捨て台詞を残して行ってしまった。
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