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田舎の町
大学は大きな街にある中堅の「上」(ここが大事)に決めた。
暫くは下宿をしていたが、そのうちに母が追って来て一緒に住むようになり、あの田舎町には帰らなくなっていた。
大学を卒業すると、そのままその街で就職をして、出会った彼女と数年付き合い、遅い結婚をした。
その彼女とは10年ほど一緒に暮らして子供も出来たけど、服飾デザイナーだった彼女が独立して起業したのをキッカケに袂を分けてしまった。
理由は……「子供の頃の夢から覚めないあなたがこっちを見ないから」だと言われたが……
浮気だろ?
男いんだろ?
再婚したいんだろ?
ならそう言えっての!
身軽だなーって晴れ晴れしちゃったから別にいいけどね。
母は再婚して禿げたおっさんとラブラブの二人暮しをしている。
新婚ライフが余程充実しているのか、滅多に連絡が無いのに、突然電話を寄越して来るから離婚について小言でも言われるのかと思ったら、爺ちゃんが残した古い家がまだそのままになってるからどうにかしろって……つまり処理して片付けろって意味だろう。
土地を売って利益があったなら全部やるからって言われても、田舎だから地価も低いし古い家を解体したらトントンかマイナスだと思う。
一人娘の養育費はいらないって言われたからお金はある。だからそれぐらいするけどね。
地元の業者と連絡を取って、解体の契約を取り付けた。
今日はそれを見に来た訳だが、懐かしい駅で電車を降りて驚いた。
十数年間帰って無いのに何も変わってない。
駅舎も駅前のコンビニ店も、よく溜まったコンビニも、嘘みたいに変わってない。
まるで町自身が新規の発展を拒み、隔離されているみたいに思えた。
駅から家までの道も多少寂れて古くなっているような気はするけど建ち並ぶ家にも変わりない、アルファルトに出来た亀裂までそのままなような気がする。
「俺達ってとんでもない田舎に住んでたんだな……なあ、君継」
……その名を口にした自分に驚いた。
勿論君継の事を忘れたりはしてない。
でも、独り言の後に必ず君継の同意を求める癖に、新婚当初、彼女から気持ち悪いからやめろと言われてもう忘れていた。
「そんな事で離婚したいって言われてもな……なあ?君継」
……ってか……また。
この町に帰って来た事で時間を逆行している。
古いノスタルジーに浸ってる程暇じゃ無いのだ。
ほら、角の向こうに爆弾を落としたみたいな土煙が見えて来た。
「お疲れ様です」
古い家の周りにシートを張り巡らして埃を防ぎ、小ちゃいユンボが土壁の一部を崩していた。
ホースを持って水を撒いてるのは田舎臭い金髪の若い男だ。声を掛けると、「社長」と呼んであっちに聞けと顎で指した。
社長自ら現場で作業してるなんてさすが田舎。
土煙の中からヒョイッと顔を出した、背の高い痩せた男がヘルメットを脱ぎながらゆっくりと歩いて来た。
「この度はお世話になります」
「安倍先輩ですか?」
「へ?何で……」
「橋下です、相変わらず呑気ですね」
「橋下って……橋下?ああ、うん、橋下だな、橋下だ」
確かに、家の解体をお願いした業者は橋下建設って名前だった。
本じゃなくて下は珍しいからよく考えれば気づいても良さそうなのに頭の隅にも無かった。
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