八雲

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数台の自転車がまだ門に挟まってるのに山下に捕まってしまった。 のんびり広斗と話してる間があったらさっさと逃げてしれっと教室に入ればよかった。 たった3回までしか猶予のない枠の中で一回は大きい、「門は閉まってなかった」と、イビる気満々の教師に取り敢えず反論してみた。 生徒指導の山下は全校生徒の「戦績」が記載された遅刻名簿を思わせぶりに捲り、楽しみを見つけたようにニヤリと笑った。 「深森はえーと……二回目だよな」 うん、そうです。 1回目は園の小っちゃい子に誘われて遊んでいたらナチュラルに1時間目が終わってた。 年長者は下の面倒を見なければならない、それは仕事と言っていいのに「そうか」としか言わなかった教師は無情にも(?)バッチリ遅刻にカウントした。 「1回目は家の用事で遅れたって言いましたよね、それなのに…」 「ああよく覚えてるよ、深森の親御さんから「今から学校に行きますが君継は嘘をつきます」って電話があったからな、で?今日は?」 「足の………不自由なお爺さんが困っていたので……背負って家まで送って来ました」 「ほお、偶然だな、そのお爺さんは俺も知ってる、ナイキで全身をかためて走ってらっしゃったらしいな」 「そうです、そのお爺さんが足を挫いたとか骨が折れたとか……」 「そうか、骨が折れてたとは気が付かなかった、実は今さっきな、お前が道に撒いた筆箱を届けてくださったんだ、そうか……骨がな……」 「え?何それ?」 山下は言い訳を聞く気もない癖に、言わせたとも言える嘘を易々と見破って楽しそうに眉を下げた。 山下がニヤニヤしながら手に持っているペンケースには「君継」って太いマジックで名前が書いてある。 落とした記憶は無いが……鞄のチャックを閉めた覚えもない。 山下は本当にネチッこい、結末を先に話せっての。 広斗を蹴っ飛ばして何だかんだしているうちに届けられたというペンケースは中々返して貰えず山下の手の中でヒラヒラしてる。 マジ変態。 粘って糸を引く長い説教は本鈴が鳴るまで長々と続き、解放されたはいいが、喉が乾いて何か飲みたいのにお金は無い。 お小遣いなんてどこか遠くの幸せな国にある幻の習慣なのだ。 お年玉がどうとか、携帯変えたいとか言ってる奴は死ねと思う。 お小遣いが欲しくて、何よりも携帯が欲しくて親に内緒でバイトの面接を受けた事はあるが市内には嘘みたいに母のスパイが潜んでいるのだ。 あっと言う間にチクられて合否を聞く前に頓挫した。 両親は「お金は園の手伝いで稼げ」と言うけど10円とか貰って何になる。 今時の物価を知らんのかって詰め寄りたいがそれは言えない。お母ちゃんは恐ろしいのだ。 施設で預かっている子供は広く平等な愛情なんか欲しく無い。それをよくわかっている母は、一人一人に「あなたが一番大事」とこっそり言い含めて刑期を(?)を終えた子供達を世に放っている。 もし母が「出入りだ!集まれ」と声をかければ、「あなたの為になら死ねます」なんて本気で口にする絶対服従の家臣があちこちに散っていた。 出し抜くとか逆らうって選択肢は無い。 喉が渇いたのなら水でも飲めばいいんだけど「熱中症」がもはや流行の最先端になっている今、夏は勿論の事冬でも飲み物の持ち込みが自由になっている。教室では、みんな当たり前にペットボトルや缶ジュースを机に置く。 その贅沢が羨ましいとは思うが、実は「ジュース」に不自由はしていない。 今日はどうかなって靴箱の棟に入るとタイミングよく飲み物がやって来た。 「君継、飲むだろ?」 投げ渡した鞄を持って靴箱で待っていた広斗がいつものように飲みかけのパック入りジュースをくれた。酸っぱいからあまり好きじゃないオレンジジュースを避けて林檎ジュースを選ぶのは二人で飲むつもりで買うからだ。 だから広斗好き。 「ありがとう、喉が渇いて干物になる所だった」 「遅刻は?付いたのか?」 「いや、俺より後に入った奴がセーフなのにおかしいって抗議したら0.5回にカウントされた。罰則は学校の帰りにプリントを届けるお使いだけでいいって」 「お使いって誰に?何のプリント?…ってか0.5とかあるんだ」 「八雲ん家、進路指導のプリント持ってけってさ」 ピランと持ち上げたプリントには「進学先」の希望欄しかない。 偏ってるなと思う。 施設には高校卒業まで残る子はあんまりいないが殆ど全員に進学の道はない。 その為家で進学の話題が出る事は無く、君継自身も大学に行きたいなら全額奨学金プラス生活費は自分で稼げと言われてる。 広斗も気を使ってるのか進学はどうするか聞いてくることは無い。 「こんなもん急がないと思うけどな、八雲……今日も来てないのかな」 「あいつってよく学校を休むよな、あんまり喋んないし何か浮いてるって言うか……友達作る気もなさそうだし、何だか達観してて先生もうるさく言わないけどな、出席日数足りてんのかな」 「…………八雲は……話してみれば結構面白いよ」 「君継は誰でも「いい奴」だからな、でもな、八雲ってあんまりいい噂を聞かないぞ」 「……そんな言い方すんなよ」 人との距離を詰めようとしない八雲も悪いのかもしれないが、距離が遠いからこそ出来るいい加減な評価はあんまり聞きたく無い。 特に広斗には知らないくせにまず「嫌う」とかして欲しくなかった。 八雲は2年から同じクラスになったクラスメイトだがちょっと同い年には見えないし、雰囲気が独特で学校に馴染んでいるとは言い難かった。 ヒョロリと背が高く、(いにしえ)に異国の血が混ざっていそうな綺麗な顔立ちをしているから女子の人気は高いが、どこか近寄り難い空気を体に纏い、「遊びに行こうぜ」とか「付き合って下さい」なんて軽く言える雰囲気は無いのだ。 「あいつ顔がいいから目立ってるだけだろ、浮いてるってほどじゃ無い」 「顔が良くて目立ってるのは八雲だけじゃ無いと思うけど……まあ、いいや、今日の帰りに持っていくのか?」 「ああ、そうする」 何にしてもプリントを届けるだけだ。 お互いにムキになる程の事じゃ無い。 飲んでいたパックジュースが底を付き、ストローが鳴ると、広斗は空箱を寄越せと手を出して笑った。       「君継、帰りは俺に声をかけろよな」 「何でだよ、広斗はクラブがあんだろ」 「そうだけど……まあいいわ、それよりさっさと体操服に着替えよう、1時間目体育だろ、今日もグランドだってさ」 「うわ……嫌だな…」 一時限の体育はもうすぐにやって来るマラソン大会の練習だから嫌だった。100や200のように競うなら楽しいが、スローペースでただ走るなんて誰でも出来る事を「練習」する意味がわからない。 「やる気」って見てない時はそこにあるのに探すとどっか行く。 最後尾でのろのろと走って誤魔化していると、朝から妙に縁のある生徒指導兼、体育教師の山下に真面目にやれと頭を小突かれた。
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