雪合戦

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早めに行かなければと急いでいただろうに、母は朝食をきちんと用意してくれている。卵焼きを一口で食べてから、味噌汁にご飯を入れて掻き込んだ。 仏壇の中にいる父と爺ちゃんに手を合わせるともう遅刻寸前だ。しかもそれは自転車に乗っての話。遅刻だなって諦めを持って外に出ると土竜の道はまた増えていた。 こんな日なのにみんな本当に真面目だなって感心する。湿った雪は重くて一歩歩くのも難儀した。 自転車は諦めて歩いて行くと近所に住む久本と会った、全身をレインコート覆った久本は準備万端だ、無敵の久本を先方に据えて学校までの道を新たに開拓して行った。 「うわ、凄えな」 久本が校庭を除いて感嘆の声を上げた。 まだ誰も足を踏み入れてないグランドは真っ平らに白い絨毯を敷き詰め、真っ青に晴れた空から降り注ぐ太陽の光に照らされてキラキラ輝いている。 教室に行くのを後回しにして新雪に飛び込むと自然と雪の投げ合いになって来た。 「おい、広斗!今のうちに塹壕を作っとこうぜ」 「おお、深っかいの作っとこう、そろそろ始まるだろ」 繁森高校までの道は坂になっているし、遠い奴は定時に着くのは無理だと思えたが近い奴らがパラパラと辿り着いてる。 恐らくこのグランドは体力を持て余した男達の戦場になる。久本の提案で穴を掘って出てきた雪を積み上げていった。 グランドの奥に雪の盾が出来上がってきた頃、校門に近い入口の方では一年が塹壕らしき物を作り始めていた。あちこちで雪合戦が勃発している。 そのうちに同じクラスの満島が誰かの鞄を奪ってグランドの真ん中に放り投げた事から全面戦争が勃発した。 日本人って真面目だし団体行動はお手の物だ。 グランドで遊んでる奴らが意思の疎通もなしに鞄を取った奴が勝ちってルールを決めた。 作戦もバックアップも無しに鞄に近付けば集中放火を浴びる。 1番最初の犠牲者は、どうやら鞄の持ち主の一年だ。飛んで来る雪礫に道中程で挫折した。 雪玉に当たるくらい何だと思うかもしれないが雪国じゃないから雪が重くて力任せに固められた雪玉は当たると痛いのだ。 援護を受けながら新たな塹壕を作っては進む。 その間に、知らぬ間に出来たいくつかのグループ同士が小競り合いを繰り返しキャーキャーわあわあ騒いでいた。 「おい広斗、あれ君継じゃないか?」 制服の中まで水が染みてパンツまで濡れて来た頃、ちょっと遅れて参戦した深山が一年が固まってる小山の辺りを指差した。 その辺に何個も出来たグループはクラブ同士だったりクラス単位だったり様々だが、確かに、一年に混じってチョロチョロしているのは君継だ。 「あいつ、俺達の敵に回るつもりか」 「君継らしいだろ」 「うん……まあな、あっ!満島のグループが飛び出したぞ!行け!」 両腕に雪玉を山程抱えた何人かが真ん中に走って行く。 グランドはもう荒らされて新雪は無い。 バシャバシャと泥水を撒き散らして撃破に向かった。 「久本!横に回り込め!俺は正面から行く!一年の玉に当たんなよ」 「広斗もな!」 例え勝ったとしても商品がある訳ではなく、賭けすら成立してない。何故こんなにも必死になるのか全員が全身全霊で遊んでる。 雪合戦には女子も数人混じっているが大概は隅っこで雪だるまを作ったり馬鹿な男子を眺めているだけだ。どっちにしろ参加している奴に遠慮はしない。 満島のグループが派手に動いたせいで停滞していた戦局が一気に動き出し、観戦している女子から黄色い声援がわっと上がった。 派手に飛び交う雪玉が四方八方に散っている中、パッと走り出て来たのは君継だ。何人かの一年を引き連れていたがあっという間に引き離し、集中砲火を受けていた満島達の横をすり抜けた。 「君継が走るぞ!」 敵に回ったら君継は怖い。 怖いと言っても誰かの鞄が助かるだけなのに怖い。 忍者みたいに腰を低くして走っているのに速いのだ。
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