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「あの石は間違って雪に入ったりしないだろ」
「でも、あんなもんが人に当たったらどうなるかなんて、もう子供じゃ無いんだし分かるだろ」
「福田、君継だけを狙ったとは限らないからまだ黙ってろよ」
「ああ、あの乱戦だからな、雪に包んでしまえば作った本人にだって中身はわかんないかもな」
それでもだ、雪玉に石を仕込んだって事は誰かに当てるつもりではあったのだ、想像力の欠乏が成せる愚かな行為だが、悪意が無かったとは到底言えない。
実は桧山が、桧山で無くても誰かがこんな事をする理由に思い当たる事が一つあった。
このままにしては置けない。
「広斗は…あいつ……八雲は?今日見たか?」
「八雲は普段からよくサボるのにこんな日に無理して学校に来るもんか」
「そうだな……」
本当に今は八雲なんてどうでもいい。
君継から伝って落ちてくる生暖かい血は制服のジャケットを滑って肩にまで染み込んでいる。
動かさないで救急車を呼んだ方が良かったのかもしれないが、この雪で救急が動いているとも思えない。冷たい地面に長く放っておくより今出来る事をした方がいい。
君継を背負って靴のまま校舎に入ると保健室の前で久本が「広斗!」と叫んで手を振っていた。
グショグショに濡れた靴が歩くたびにガポガポと音を立て廊下に水の跡を付けている。
「福田!悪いけど更衣室に行って俺と君継の体操服を取って来てくれないか?」
「ああ、俺も着替えたいから行ってくる」
福田が行ってしまうと久本が代わりに支えてくれた。
「暖房は入れた。びっくりするけど職員室には山下と地理の日向しかいないんだよ、先生らはみんな雪でまだ着いてないんだって」
「え?保険の先生は?」
「来てない」
「そんな……」
それではどうすればいいのか。
君継は揺すっても声を掛けても反応が無い、意識の無い状態が怖かった。
背が伸びて教師さえ見下ろすようになっていたから大人になったつもりでいたが、こんな時どうすればいいのかわからない。
子供なんだと、ちっぽけな自分が悔しくて、青くなるしか出来ないでいると久本が冷静な意見を言った。
「まずは君継を横にして傷口を探そう、多分頭のどっかだけど血が出てるからただの外傷だ、心配するな、どうせ君継の事だ、目を覚ましたらケロっとして続きをやろうと騒ぐからさ」
「うん……」
「頭を揺らすなよ、多分脳震盪を起こしてる」
「うん……」
もう「うん」しか言えない。
久本に支えてもらって出来るだけ静かに君継をベッドに下ろすと、頭のどこかから流れてきた血が真っ白なシーツにパタパタと赤いシミを作った。
「君継……」
「広斗!しっかりしろ、消毒とかは後からでいい、まずは止血しないと」
「うん…」
オロオロするばかりの俺を押しのけて、久本がタオルで血を拭いながら赤くなった髪を分けると、顳顬と髪の生え際の間くらいに2センチくらいの裂傷を見つけた。
痛ましい傷跡はまだドクドクと新たな血が湧いて出ている。
久本は濡れタオルでさっと撫でてから乾いたタオルで傷口を抑えた。
「………っ……」
痛かったのか、君継の瞼が痙攣するように震えて、空気に溺れる魚のようにパクパクと口を動かした。
「君継?!気がついたのか?君継!」
「何?……朝?」
「朝だよ!10時だよ!………10時?!」
自分で言って自分で驚いた。
いやに長く遊んでいるって自覚はあったが、始業時間どころか2時間目も終わってる。
久本は呆れたように溜息を吐いて「何を今更」と笑った。
「広斗……さっき言っただろ、市外に家がある教師は雪で来てないんだよ、体力馬鹿の山下が学校に来ているのは朝四時に家を出たってからだって、後は無理なんだよ」
「あ……そうか」
トンチンカンに遅刻の心配をしている場合じゃ無かった。
薄っすらと目を開けた君継はまだ意識が朦朧としていて目のピントが合ってない。
「ここは?俺どうしたんだろ」
「君継は怪我をして今は保健室のベッドに寝てる、話さなくていいからこれだけは教えてくれ、吐き気はしないか?」
久本が聞くと君継はフルっと一回だけ頭を振って眉を顰めた。
「目は見えるか?ボヤけたりして無いか?」
今度は小さく頷いた君継に、久本は医者みたいに瞼を広げて瞳を覗き込み「よし」と言った。
「凄えな久本、大人みたい」
「これくらい常識だろ、俺だってよくわかんないけど吐き気が無いなら当面は大丈夫だと思う、電話が終わったら山下が見に来てくれるからどうするか相談しよう」
「うん」
そうだ。
それが正解だと思う。
子供なら子供らしく出来る事を、今しなければならない事をする。
久本って凄い。バドミントン部の部長を任されるだけはある。判断が冷静で頭が下がった。
「なあ……」
君継がハッキリした声を出したのでちょっとホッとしたが「鞄はどうなった?」と聞いてきたので久本と一緒に笑ってしまった。
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