だいにぼたん

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 突然ですが、中学の頃のすり身ヤロォ、もとい鎌保幸太郎(かまぼ こうたろう)のお話をします。  中学の頃の幸太郎は、めちゃくちゃ調子に乗っていました。カッコイイからという理由で校則違反の天井をぶち破ったような派手な金髪に、厳ついシルバーアクセサリー。茶色のカラコンが目力を強調して睨みを利かしています。靴下は履いていなかったですし、学ランの下には当時流行っていたバンドのTシャツを着ており、もちろんシャツインはしていません。 酒にタバコ、未成年がやっちゃいけないことも一通りやっちゃいました。田舎なので一人で遊べる場所がなく、毎日のように友達とつるんで学校をサボって遊び呆けていました。唯一やっていないのは盗みだけで、こんなにめちゃくちゃな生活を送っていたのに交友関係は何故か良く、顔は良かったから彼女には困りませんでした。  小学校の頃に父親が死んで、いつ死ぬか分からないと思った幸太郎は、まだ子供だから許されると思っていたのもあって、毎日好き勝手にやっていました。  そんな素行の悪い彼は、当然のことながら教師に嫌われていました。毎日のように怒られては、母親が学校に呼び出され、家庭内で炎上騒動を繰り返します。家の空気を最悪にして母親だけではなく、姉や弟の虫の居所を悪くしました。  そんな彼でも、義務教育だからか中学校は卒業出来ました。 本当は進学したくありません。ですが、母親から入学金が免除される特待生で入らないとお小遣いを取り上げるからねと脅され、今までやらなかった勉強を死にものぐるいで頑張り、地元で唯一の農業高校への進学が決定しました。 そんな卒業式の日。この日の真の一大イベント……在校生が卒業生にある物をくれるよう頼む……そう、古くからの日本の学生のしきたり"第二ボタン戦争"が始まります。  当時、めちゃくちゃ粋っていて何故かモテていた幸太郎の「卒業式の第二ボタン」を巡って、女子達の間で戦争が勃発しました。 声を掛けてくれた女子に、物を渡す幸太郎。ある女子には袖口のボタン、ある女子には名札……上靴を持っていった物好きな女子もいました。 当時彼女と別れたばかりで本命がいなかった彼は、第二ボタンを死守しました。後から高値で売ろうとゲスな考えを持っていたからです。 そんな中、最後に声をかけた女子がいました。態度からして多分一年生であろうその子は、目が隠れるほどの前髪とニキビが目立っていました。今風に言うと「陰キャ」というカテゴリーに分類されるでしょうか。 『え? キミもなんか欲しいん?』  幸太郎はニヤニヤと嫌らしい下品な笑みを抑えながら対応します。女の子が一生懸命うなづくと、幸太郎はわざとらしく首を傾げます。 『ん〜〜第二ボタンはちょっとなあ……あ、そうだ』  ちょっと良い夢見せてやるか……そう思ったのでしょうか。幸太郎は第二ボタンを学ランから引き千切ると、第二ボタンではなく、その学ランをその子の肩に掛けました。その子が静かに喜んでいたので、幸太郎は口を少しだけ開けて意外そうな表情をしました。そして、こんなことを口走ったのです。 『笑えばまあまあマシじゃん〜〜? そうだ、今より綺麗になったら第二ボタンあげちゃうぞ☆』  体操服で帰宅した幸太郎が母親からの怒りの雷を受けてから数ヶ月後。 彼は、高校に入学して悟ります。入学早々、同級生からは髪の色すごいね〜〜と大した反応がなく、それ以外は普通に接してくれました。睨みを効かしてもスルーされ、嫌なことをしても軽くあしらわれます。教師も、髪の色を見てもすぐに変えてこいとは言わず、実習までには戻しとけよ〜〜くらいの感じの軽さでした。  幸太郎は拍子抜けしました。この高校はめちゃくちゃ平和だったので、普通に勉強をして、時には牛を始めとした家畜達と過ごし、田んぼや畑を耕しました。お日様の光を浴びながら身体を動かしていたら気分がスッキリし、また周囲に自分みたいな人間がいなかったため、なんだか不良ぶっている自分が恥ずかしくなってきました。周囲の空気に徐々に染められた幸太郎は、過去の自分があほらしくなってきました。それから半年も経たないうちに、幸太郎は自分から牙を抜きました。平均身長より低い164cmで成長が止まってしまった幸太郎は、いつの間にか無抵抗の小型犬になってしまいました。  中学の友人とは連絡を取っていません。なんと携帯を田んぼの中に落としてしまってデータが全部飛んでしまったのです。SNSのパスワードも覚えていないため、黒歴史は今もなおインターネットの海を漂っています。  でも、今の彼の姿を見て誰も気付かないでしょう。髪は黒に戻し、コンタクトをやめて今は眼鏡。穴は塞がりましたが、鏡で耳のピアス跡が目に入る度に溜め息をついちゃうほどでした。  幸太郎には夢がありました。県内の大学に進学して、もっと農業について勉強すること。そしてゆくゆくは地元に返って地元の農業に力を注ぐ。好き勝手やった分、家族や地元のみんなに恩返しをしたい。立派な夢でした。
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