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第一章
1
五月。
俺こと海真桐人が住んでいる神木町は、少し早い梅雨を迎えた。
おかげで最近は雨続き。
特別スポーツが大好きとかでもなければ、ひたすらに出来る出来るでお馴染みの熱血さんでもない俺は、わざわざこんな天気の日曜日にまで出掛けたりはしない。
こう言う日は家に引き込もってポテチでも食べながらゲームでもするに限る。
…なんて思っていた時期もありました。
いや、別に悟りを開いたとかじゃないよ?
今日俺は、どう言う訳か雨の中ゲーセンに来ている。
「あは♪キリキリ弱ーい!」
そしてこの馬鹿、もとい俺のクラスメートであり部活仲間(ホラー研究会)でもある染咲木葉にアーケードの格ゲーで容赦無くボコボコにされていた。
「解せぬ…。」
思わずその場に突っ伏してぼやく。
そもそもなんで俺がこうしてこいつと二人で、それもこんな雨の中わざわざゲーセンに行く事になったのかと言うと、話しは昨日の放課後まで遡る。
いつもの様にクラスメートで親友の蟹井健人と二人で部室に向かっていた時の事だ。
何の気なしに部室の扉を開くと、背中にリュックサックを背負ったロダンの考える人の像らしき物が本を読んでいた。
入って早々、二人して言葉を失う。
まさかとは思うがこれ二宮金次郎のつもりか…?
などと考えていると、突然それが顔だけをこっちに向けてきた。
不気味過ぎる…。
あまりの不気味さに、また言葉を失う。
先に部室に来ていた一年の白石隆太は、居心地悪そうに隅っこで入り口辺りを凝視していた。
俺達の到着を待っていたのだろう。
これと二人きりなんて俺も絶対ごめんだ。
「せ、先輩達!よく来てくれました!
ささっ、むさ苦しい所ですがどうぞどうぞ!」
「むさ苦しい所って…一応俺ここの部長何だが…。」
「…蟹井、帰るか…?」
「だな……。」
「あ、待ってくださいよ!部長!海真先輩…!」
そのまま無言で後ずさる俺と蟹井を、悲痛の叫びを上げながら追いかけようとする白石。
が、そんな白石の腕を突如考える人が掴む。
「ひっ…!?」
「さらばだ白石…。
お前の事は一年くらいは忘れないぞ…。」
言いながら蟹井が扉を閉めると、
「それだと卒業したら忘れるって事ですよね!?
薄情者~!」
悲痛な叫びが閉じた扉の向こうから響き渡るが、二人して耳を塞いで早々にその場を離れた。
「なぁ、この後俺んちでゲームしねぇ?」
「お、良いな。」
などと話しながら二人で廊下を歩いていると、突然背後から不穏な足音が聞こえてくる。
「き…気のせいだよな?」
「お、おう。」
二人して恐る恐る振り返ると、考える人の像がマラソンの様に腕を振りながら走って追いかけてきていた。
「「ぎゃー!?」」
二人して大絶叫。
と言うかこれやっぱ二宮金次郎だろ。
夜な夜な走り出して追いかけてきたりとかしちゃう奴だろ。
などと思っている間にあっという間に捕まえられた俺と蟹井。
「つ~か~ま~え~た~…。」
「「ひぃ!?」」
ここに来てまさか白石を犠牲にしたバチが当たった、だと…?
「も~!二人とも急に帰っちゃうんだもん!」
などとぼやきながら、考える人が頭の部分を持ち上げる。
するとそこだけがカポッと外れ、中から見知った顔が覗く。
「ぷぁ~…この時期蒸れるよね~…。」
「お前なぁ…。」
そう、その正体は木葉。
腕で汗を拭い、片手でパタパタと顔に風を送っている。
と言うか顔だけ普通の女子高生で、体は考える人の像と言う組み合わせがあまりにミスマッチ過ぎて目も当てられない。
「あれ?二人とも、どうしたの?」
「あ、あぁいや…。」
反応に困って二人して目線をさまよわせていると、不意に何かを察したのか顔を顰める木葉。
「え…もしかしてこの裸体に興奮したとか…?」
「アホか!?
お前の顔とその体がミスマッチ過ぎて目も当てられねぇんだよ!」
「うぇ~…残念。」
「と言うかそれもさっさと脱げ!」
「え!?キリキリ大胆!
そんなに見たいの~?」
「んなっ…!?」
わざとらしく顔を赤らめ、上目遣いでがコスチュームの肩の部分を少しずらす。
すると白い素肌が露わになる。
「ちょ、お前…!?下!」
二人してたじろぐ。
そんな俺達の反応などお構い無しに、スーツに手を掛けている。
「や…やめ!」
と、そこで部室に向かっていたのであろうもう一人の一年部員、金城梓がこちらを見て固まった。
「…失礼しました…。」
そう言ってそれ以降無言で去って行く。
「あ、おい!」
呼び止める隙も与えない程、全力疾走で逃げていってしまう。
あぁあ…これは後から誤解を解くのが面倒くさそうだ…。
「あ~あ…行っちゃった。
二人のせいだよ~?」
「いやいやいや!お前のせいだよ!
いきなりこんな場所で何やってんだよ!?」
「え、何って…。」
言いながらコスチュームの後ろのチャックを引く木葉。
「だからお前!?」
慌てて止めに入ろうとするも時既に遅し。
はらりとコスチュームが床に落ちた。
「んな…。」
思わず目を反らそうとしてやめる。
いや、別にやっぱり見たかったからとかじゃないよ?
必要が無くなったからだ。
蟹井に関しては最初からガン見。
正直な奴め…。
とは言え、勿論そんな蟹井が(強調)喜ぶような場面ではなかった。
目の前の木葉は、コスチュームの下に学校指定の体操服をしっかり身に纏っていたのだ。
そんなこったろうと思ったさ。
本当だよ?期待とかしてないよ?
「二人して一体何を想像してたんだか知らないけどさ~…。
早く部室に戻ろ!」
そう言って満足そうに鼻歌なんか歌い、脱いだコスチュームを引きずりながら背を向けて去っていく。
それを後ろから二人して恨めしく睨み付ける。
「なぁ海真…俺達の反応は間違ってないよな…?」
「…ノーコメントだ…。」
と言うかさりげなく達を付けるんじゃない!
俺は見てない、断じて見てない。
などと心の中でぼやきながら渋々部室に戻ると、椅子に縛り付けられて猿つぐわをはめられた白石の姿があった。
どうやらさっきまでの出来事で受けたショックがあまりにも強過ぎて、誘拐現場と部室を間違えたらしい。
いっけね、うっかりうっかり☆
「ん~!!ん~!?」
「うん、俺達は何も見てない。
だから今日も明日も明後日も平和に生きていける。」
蟹井も一緒に現実逃避してくれる。
「ん~!!」
「二人とも何言ってんのさ?
何?二人も拉致仲間になりたいの?」
「「ごめんなさい。」」
え、今この子自分で拉致って言わなかった?
どうなの?そこんとこ…。
…とまぁ、こんな具合に平常運行。
誰が何と言おうと今日もホラー研究会は実に平和だ。
ただし一人を除いて。
「んんぅ!!」
全員(金城さんは逃げていったのでそれ以外。)が席に着くと、そこでやっと白石が解放される。
「はぁはぁ…酷いじゃないですか!?先輩達!
僕をあっさり見捨てて!」
「良いか白石。
俺達はけしてお前を見捨てた訳じゃないんだぞ?」
涙目で訴える白石に対して、蟹井が雄弁に語り始める。
「可愛い子には旅をさせよ、獅子の子落としと言う言葉があるだろう?
俺達はお前がこんなピンチでも必死に這い上がってくれると信じているからこそあえてこんな厳しい試練を与えているんだ…。」
「せ、先輩…。」
おう、涙ぐましい場面じゃないか。
ポケットからハンカチを取り出しかけた所で、
「って…騙されるかぁぁぁぁ!?」
「あーやっぱ駄目かぁ。」
「だなぁ。」
「だから嫌だったんですよ…!
この部活に入るのは!!」
うーん…そもそも白石がこうして部活に入った理由は何だったか。
あ、そうだ。
木葉がこいつのクラスに新メンバーを拉致りに…ゲフン。
勧誘しに行った時に目を付けられたのが白石だったんだ。
その時木葉は、
「ただの人間には興味ありません!
この中に三人の妖怪人間の誰か、または無類のホラー好きが居たら名乗りを上げなさい!」
いや、妖怪人間ってお前…ネタが古過ぎるだろ…。
お前はいつの時代の人間だよ…。
そこは古いけど最近もやってるチャンチャンコと下駄の人とか変な時計付けてる少年とかにしとけよ。
無類のホラー好きに至ってはもはや普通の人間じゃないか…。
と言うかお前はどこぞの団長か!
そもそもお前…団長でもなければ部長ですらないだろうが…。
などと色々ツッコみたい所だが、生憎その場に俺は居なかった。
(この話は後で拉致られてきた白石から聞いた話だ。)
そんな木葉の話を聞いて辺りから、
「えー、それなら確か白石がホラー好きじゃなかったっけ?」
と言う声が上がった。
「ほう…?」
それを聞いて不適な笑みを浮かべた木葉は、ソッコーで白石を確保。
ちなみに白石曰く、その時の恐怖は元々のホラー好きを一瞬で吹っ飛ばすくらいのトラウマだったそうだ。
未だぼやき続ける白石に、
「まぁまぁ、ホラーっぽい体験が出来て良かったじゃないか。」
蟹井が盛大に笑いながら言う。
「求めるホラーの方向性が違うんですよ!」
と絶叫にも似た反論を出す。
まぁ確かにここの部活の活動はただ心霊現象を語るだけの物じゃない。
メンバー同士それ以外の話しで盛り上がる事だってあるし、髭のオッサンが大活躍する対戦ゲームを皆でやる時もあったりと、割と自由だ。
木葉に至っては、いかにしてメンバーを怖がらせるかに重きを置いている節がある気がする。
とは言えいつもその方向性が微妙にずれてるんだよなぁ…。
で、大体いつもその犠牲になるのが白石。
「だから嫌なんですよ!!」
「黙れ小僧!」
「ひう!?」
木葉の言葉に黙らされる白石。
うーん…でもこいつはむしろ救ってもらいたい側なんだろうなぁ…。
「分かってるなら助けてくださいよ!?」
「うむ、白石。
お前の苦労はよく分かった。」
とここで蟹井が口を挟む。
「ぶ、部長…。」
「しかしだが断る!」
「ちくしょぉぉぉぉ!」
うお、まさに外道。
「さぁて、今日も準備準備♪」
言いながら木葉が立ち上がり、荷物棚の方に向かう。
こうして、今日もまた白石に新たなトラウマが刻まれていくのであった。
めでたしめでたし。
え?全然ゲーセンに来た経緯の説明になってないって?
まぁ待てまぁ待て。
部活が終わると蟹井はいつものように妹の用事があるからと早々に部室を出て行き、その後を追うように白石も逃げ帰って行った。
そうなると必然的にこの場には俺と木葉の二人が残る訳だが…。
こいつと二人きりとか絶対ロクな事が無い。
俺も早々に出口に向かう。
「あ、待ってよ~。」
すると、まだ荷物棚を整理していた木葉が背後から呼び止めてくる。
OH…ソッコーでバレたジャマイカ。
「折角だし一緒に帰ろうよ~。」
言いながら自分の鞄を持って歩み寄って来たかと思うと、俺の鞄の紐を信じられない力で掴んでくる。
どちらにしろ逃げられそうもない。
と言うかなんなの?この子。
あんなマッチョコスチューム着なくてもムキムキなんじゃないの?
それに無言で良い笑顔とかやめてくださいww
ものっそ怖いんだけどww。
「分かったよ…。」
恐怖感から身の危険を感じ、渋々了承する。
「不満そうだな~…。
こないだはあんなに積極的だった癖に~。」
そう言って顔を顰めてくる。
「だから…それは色々と事情があったんだよ。
分かるだろ?」
「え~分かんない。」
今から数週間前、俺達はあまりに現実離れした体験を幾つもした。
そもそも、俺達がそんな体験をするようになったきっかけは、幼馴染の前村千里の紹介で訪れた良く当たる占いの店で一つの警告を受けた事だった。
あなたはこれから大切な人に出会い、そして失い、自殺する、と言う。
「まぁ良いや…。
ねぇ、キリキリはメックとラッテとセブウェイどれが良い?」
「いや…待て待て、何で一緒に帰ってオマケに寄り道までする流れになってんだ…?」
と言うかセブウェイはハンバーガーじゃなくてサンドイッチだ。
そして俺はそのどれでも無いマス派だ。
「え~良いじゃん。
女子と一緒に帰るなんて貴重な経験だよ?
おまけに寄り道まで出来るなんてこんなに美味しい事そう無いよ?」
「あ、間に合ってます。」
真顔で一言。
「う、わ…余裕の発言…。
まぁキリキリには千里っちが居るもんね…。
でもそんな事言ってるといつか全国の非リアに殴られるよ…?」
だからなんでそこで千里の名前が…。
と言うかお前は全国の非リアの何を知ってんだよ…?
うーん…とは言えまぁ…こいつには前々から聞いておきたかった事もあるし、仕方無いかぁ…。
「はぁ…分かったよ。」
「へへへ、やりー!
キリキリの奢りね♪」
前言撤回。
「うん、帰ろうかな。」
「さ、早く行こ!
今日はハンバーガーが食べたい気分なんだ~。」
やれやれ…聞いちゃいねぇや…。
仕方無く後ろからついて行く。
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