チョコレートミント

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チョコレートミント

 日本と言う国は不思議です。あっちもこっちもビルだらけ、まるでコンクリートビルの森のような東京の中にも、まだ人があまり立ち入らないような、木々が息づく森もあります。  これはそんな、人里近いのに意外と知られていない、とある不思議なアイス屋さんのお話です。 「こーんなにアイス日和のお天気なのに、本日もお客さんは0かぁ。つまんなーいっ!!あいたっ!」  ジーッ、ジーッとも、ミーンミーンともつかない、元気なセミさんの大合唱を聞きながら、店のテラス席で足をじたばたさせる二つ結いの女の子。その女の子の頭を、パコンと銀色のトレーで叩いて、女の子と瓜二つの顔をした男の子がため息をつきます。 「そんな言い訳してサボってないで、さっさとアイスの仕込みしなよ、グラス」 「うぅ、お盆で叩くなんて酷いよソルベ!」 「君がサボっているのが悪い」  アイスのように冷たく一蹴されてぷっくりと頬を膨らます女の子……改めグラスですが、双子の兄のソルベには敵いません。仏頂面のまま調理着に着替える妹をやれやれと見ていた兄・ソルベですが、妹の気持ちはわかります。  何せこの夏に入ってから早半月、まだこの森の奥の小さなアイス屋さんには、毎日閑古鳥が鳴いているのだから。 「やれやれ、真夏に鳴くのはセミだけで十分だよ。せっかく良いチョコレートとミルクも手に入ったのに……おや?」  今日仕込み予定のチョコレートアイスの材料をトレーに乗せ直しながら、ふと店の前の小道を見たソルベの瞳が輝きます。ガラス張りのキラキラした店の扉の前に、制服姿のお姉さんが立っていたのです。  手早く接客用のエプロンをつけたソルベは、グラスに言いました。 「グラス、急いで!お客様が来たよ!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 「はぁ……。ママと喧嘩して近くの森まで家出してきたは良いけど……なんだろう、この店。ケーキ屋さん……?」  喧嘩の原因となったあるものがパンパンに入れられた袋を片手に、女子高生は首を傾げます。その頬から、あまりの暑さにポタリと汗が流れ落ち、照りつける日差しは容赦がありません。 「どうしよ、店の中なら多少は涼しいかもだけど、こんな森の奥に一軒だけポツンとある店とか絶対怪しいよね……!やっぱここは止めてコンビニ行こ……っ!?」  そう思った女子高生でしたが、それは叶いませんでした。女子高生の両手を、サイドから同じ顔をした小さな女の子と男の子がガッシリと掴んできたからです。 「なっ、なに!?」 「「いらっしゃいませ!双子のアイス屋さん“ノスタルジー”へようこそ!」」  息ぴったりに声を揃えた歓迎の言葉と、子供たちの明らかに調理用と接客用のその衣装に、女子高生は思わずもう一度店の方を見て呟きます。 「えっ、なに!?こんな子供二人が森の中でアイス屋さんごっこ……?」 「ごっこではありません、店内には多種多様なアイスをご用意しています。さぁ、中へどうぞ」 「えっ?でも私暑いからコンビニに……」 「グラスとソルベが作るアイスは絶品なの!ひとくち食べたらひんやりするよ!!さっ、一名様ごらいてーん!!」 「ごらいてーん」 「あっ、ちょっと!!!」  性格は正反対な様ですが、流石は双子。息ぴったりな二人に引っ張られ、結局女子高生は森のアイス屋さんへと入ることになってしまいました。 「あ、中は普通にいい感じ……」 「「そうでしょう?自慢の店です」」  ガラスの透明度と青を基調とした見た目にも涼しい店内で、双子がえっへんと胸を張ります。しかし、やはりこの二人以外誰も居ないようです。 「ねぇ、ここ本当に貴方たちの二人の店?パパやママは一緒じゃないの?」 「パパとママはとおーいとこで、アイス屋さん“ノスタルジー”1号店で儲けてるよ!この時期は稼ぎ時なの!!」 「グラス、お客様にそう言うこと言わない」 「あいたっ!」 「あはは……、そっか、離れて暮らしてんだ。いいなぁ、自由そうで」  指で小銭マークを作りあくどい笑みを浮かべた妹をソルベがひっぱたく。  痛む額を擦りながら、グラスがこてんと首をかしげた。 「お姉さんは、パパやママが嫌いなの?」 「……っ!嫌いってわけじゃないけど、一緒にいるのが暑苦しくて嫌になるときがあるの!大人になるとね。さっきもベランダに私が植えたミントが増えすぎだーってうるさいのよ!使えばいいでしょ使えば!」 「ーー……それは、お姉さんが普通に悪いのでは?」 「ーっ!うるさい!子供がわかったようなけこと言わないの!」 「おっと!……おや、これがその増えすぎたミントですか。いい香りですね」  グラスに痛いところを指摘されて怒った女子高生が投げつけてきた袋を受け止めたソルベは、鼻を掠めた爽やかな香りに袋のなかを覗く。 「そうよー。それ全部友達とかにあげてくるなりしてどうにかしないと家に入れないってさ!自分はハーブティーとか好きなんだからママが食べればいいじゃん。もー嫌になっちゃう!あんなママもう知らない!!大嫌い!!!あ、そのミントほしいならあげるわよ。私、香りは好きだけどミントとかのスーっとした味嫌いなのよね」 「じゃあ何故植えたし!!それにしても、真夏の日差しに負けずヒートアップしてるお客さんだねぇ。せっかく丁度いい材料があるし……やっちゃう?ソルベ!」 「そうだね、グラス。お客様、本日はこちらのミントを使って、今のお客様にぴったりなアイスをご用意致しましょう」 「へ?だから私、ミント味は好きじゃないんだってば……」  うんざりした顔で頬杖をついた女子高生の目の前で、仲良く手をつないだ双子がどや顔で厨房を指差す。 「「そんなこと言わず、“ノスタルジー”におまかせください!」」  そっくりな顔で笑った双子は、止める間もなく厨房へと引っ込んでしまった。 「……まぁいいか、店内涼しいし、冷たいお茶も美味しいし」  暑いなか散々歩いてきたせいで火照っていた身体も落ち着いてきた頃、厨房の方からなにやらいい香りが漂い始めました。 「この香り……チョコレート……?なによ、ミント使ってない…じゃん……」  だめだ、瞼が重たくなってきた……と、女子高生は厨房から漂う美味しい香りと調理の音に包まれて、すっかり寝入ってしまいました。  コトン、となにかがテーブルに置かれた音で、女子高生は飛び起きました。 「ーっ!うそっ、どんくらい寝てた?私……!」 「ほんの一時間くらいです。丁度良かったですよ、完成です。疲れた心を温めてくれる、甘くとろけるチョコレートと……」 「暑~い外気で火照った体と、プンスカした気持ちはひんやりミントパワーでクールダウン!な……」 「「双子特製チョコミントアイスを召し上がれ!!」」 「……これ、あのミントで作ったの?」 「はい。取れ立てのハーブなので、香りがとても良く出せました。ありがとうございます」 「改心の出来なの!ミント感はソルベがチョコレートで食べやすく抑えてくれたから、食べて見て!」 「でも私、ミント味はほんとに……」  女子高生はそう言いかけましたが、キラキラしたガラスの器に盛られたチョコミントアイスはとても美味しそうだし、何よりキラキラした眼差しの子供に間近で見つめられては逃げられません。  小さくため息をついたあと、思いきってスプーンですくったチョコミントアイスを口に含みました。  ふわりと口いっぱいに広がる甘さと、ひんやりした感触に、イライラしていた気持ちがすっと冷めていって、思わず笑顔になってしまいます。 「美味しい……!」 思わず口元を押さえた女子高生の素直な感想に、双子は自慢げに笑って見せます。 「「当然です、お客様のためだけの特別なアイスですから!」」 「うん……、ありがとう」 「それに、お姉さんがハーブ好きのお母さんの為に育てたミントで作ったんだから美味しくて当然だよね!」 「……っ!気づいてたの?」  驚いて目を見開いた女子高生を見上げたまま、えへへとグラスが笑います。 「グラスは馬鹿だけど、勘が鋭いんですよ」 「えっへん、馬鹿なんです!」 「グラス、自慢げにすべきはそっちじゃない」 「そう……なんだ」  ソルベの説明に納得しつつ、女子高生はチョコミントアイスに乗ったミントの葉っぱを見つめます。  『ママの誕生日までに、お手製のミントでお茶やお菓子作ってあげるんだ!』と友人から貰った種をベランダに植えた、懐かしい思い出がアイスの香りと一緒によみがえります。 「……ね、このアイスって持ち帰り出来る?」 「「はい、もちろんです!」」  満面の笑みの両子に見送られ真っ直ぐお家に帰った女子高生は、ママにお土産のアイスを差し出して言いました。 「ママ、さっきはごめんなさい。あのね、あのミント本当は、ママに何か作ってあげようと思って植えたの。だから、このアイス一緒に食べよ?」  懐かしい思い出を呼び起こしてくれた不思議なアイスに後押しされて素直になれた女子高生は、こうしてママと仲直りしたのでした。  そして後日。テイクアウト用のクーラーバックに、あのチョコミントアイスのレシピが入っていることに気がついた女子高生は再びあの森へと訪れましたが、あれ以来双子のアイス屋さん“ノスタルジー”には一度もたどり着きませんでした。  けれど、今日もどこかであの双子は、誰かにアイスを振る舞っているような気がしてならないのです。 「あの子達ならきっと、どこ行っても楽しくやってるでしょうね」  ふふっと笑った女子高生は、あの日確かにお店があった場所の切り株に、手土産に摘んできたミントと、お母さんに持たされたクルミが入ったかごを置いて森から去ります。完全にその制服姿が森から消えた頃、同じ場所に、ご機嫌斜めなカップルさんがやってきました。  どうやら、喧嘩をして破局寸前!の大ピンチなようです。 「おやおや、また新たなお客様だよ、グラス」 「そうだねソルベ!今日はこのクルミを使おうか!」  大声で怒鳴りあっているカップルは、揺らめいた木々の向こうから突然現れたお店にはまだ気づきません。  そんな暑~いお客様の元へと、かごを片手に双子は今日も向かいます。熱さに呑まれたお客様に、ひんやりした絶品アイスをお届けする為に。 「「いらっしゃいませ、双子のアイス屋さん“ノスタルジー”へようこそ!!」」  このカップルが、お客様の思い出を閉じ込めた、不思議なアイスの力で無事仲直り出来たのかは、双子のみぞ知るお話です。  まだまだ長い夏はこれから。皆様も、身体はひんやり冷やして、心はほわっと温めてくれる、そんなノスタルジックなアイスクリームは如何でしょう?     ~ここは双子のアイス屋さん~  次に現れるのは、貴方の町かもしれません。  
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