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とりあえず気分を落ち着かせようと、陽向は定期購読しているコンサル業界の情報誌を開いてみたが文字が頭に入ってこなかった。時計を見ると十時で、地獄のカンファレンスまであと七時間あった。
――気分を変えよう。
陽向はフロアを出てエレベーターホールへ向かった。残り少ない貴重なアベを一人で噛み締めたかった。
エレベーターに乗り込み、ドアが閉まろうとした瞬間、大きな手が見えた。中に人が入ってくる。上等な香水の匂いがして、顔を見ると周防で驚いた。
「すまない」
「い、いえ」
逃げたのになんで追い掛けてくる、この鉄仮面。マジで怖いわ。
いや、追い掛けてきたわけではないだろうが、俺はおまえから逃げたんだと、思わず口走りそうになる。陽向が目を逸らすと周防の方から声を掛けてきた。
「これからどこへ行くんだ?」
「……あ、えっと、ちょっと早めのランチでもと思いまして」
「奇遇だな。俺もランチだ」
「…………」
目が合う。五秒ほど見つめあった。
なんだ、これ。
ランチのお誘いだろうか? 気まずいし、そうだとしても断りづらい。
早々とランチ宣言を撤回してフロアに戻ろうか。
周防の目力は強力で視線を逸らせなかった。蛇に睨まれた蛙だ。今日の陽向はピヨたんを被っていない。裸眼で勝負するしかなかった。
「どうした?」
「うっ……」
よくよく考えたら、東洋製薬の祝賀会で倒れた時、助けてくれたのはこの周防だ。次のプロジェクトで世話になるということは、しばらくの間……最低でも二ヶ月は一緒に仕事をしなければいけない。今後のことを考えるとここは穏便に済ませた方がいいと思った。
たかがランチだ。
二十四階のカフェテリアで五分で食って戻ってこればいいのだ。
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