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一日、外を歩いてハイランドの本社に戻ると十九時を過ぎていた。フロアはガランとしている。ハイランドとPMに提出するための報告書をそれぞれ作成し、オフィスを出る頃には二十一時を過ぎていた。地下鉄までの道のりを今日の出来事を思い返しながら一人で歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返って驚いた。
追い掛けて来たのだろうか。周防の息は上がっていた。もちろん顔は無表情のままだ。
「あの……」
「足、どうしたんだ?」
「え?」
「左足を引きずっているだろう? 怪我をしたのか?」
言われて気づいた。
今日一日、下ろしたばかりの革靴で歩いたために、左足の踵を靴擦れしていた。新しい靴の時は必ずこうなる。陽向は特に気にもせず、そのうち慣れるだろうと思っていた。
「ただの靴擦れですよ。気にしないで下さい」
「駄目だ。ばい菌が入ったらどうする」
ばい菌?
久しぶりに聞く単語だなと思った。
頭の中にポップなイラストが浮かび上がる。フォークのような槍を持った黒いフォルムのあれだ。あれ、これは虫歯菌か? ボーッとしていると腰がふわりと浮いた。
「――え? わ、ちょっと待って下さい」
急にお姫様抱っこされそうになって、慌てて抵抗する。
リーマンを抱っこって、ここはビジネス街だぞ! と言いそうになったが、男の顔が真剣そのもので反論できなくなった。
「小さな傷だからといって甘く見てはいけない。ピヨ……入中、とにかくあそこの公園まで行こう。絆創膏はある」
「……はあ」
周防の申し出を断れず、並んで公園まで歩いた。
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